言葉を書くのが好きだから、始めてみました

ディズニーランドの裏側

教師になるということ

 

今ね、中1の女の子の、家庭教師をしていて。元々そんなに教育の分野に興味があったわけではなくて、でもまぁ、よく考えてみれば、弟や妹、近所の小さい子たちとじゃれあったり、勉強を教えるのは昔から好きだったなぁ、なんて思ったり。

「学ぶ」って面でも教育よりも、「教える」っていう面の教育には、元から興味があったのかもしれない。

 

うーん、ほんとに興味、なのか?

なんかこれは、多くの人が持ってる感情な気もする。「教育」なんて大それたものじゃなくても、自分の経験について聞かれて、話したり、自分の人生の教訓を人に伝えたりするのは、結構多くの人にとって、気持ちいいことなんじゃないかな。実際プライドをくすぐられてるんだよねーきっと。笑

 

だからなんか、子どもたちの「親の次に身近な大人」として、大事なものは、教師になるために、上手く勉強を教えるために、それだけに集中した大学でそれだけのために4年間使うことじゃないような気がする。

片手間で、人生の余暇として、ぐらいの重さで教師やってる人の方が、私には、いい影響をくれたなぁ。

 

どんなに上手くわかりやすくひっ算を教えてあげられるかじゃなくて、この計算がどんな風に人生の役に立つのか、

難しい漢字の読み方よりも、この本からどんなことを感じとれるか、そしてそれが人生にどんなに大切か、

そういうことを教えられる先生は、素敵だなぁ。

 

 

私の人生設計の中に、「教師」って選択肢は今のところないけど、

やりたいことの大体をやり終えて、顔にしわが増えてくる頃になったら、自分の人生のことを、本にしたりどこか広い場所で誰かに聞いてもらったり、したいなぁ~とはひそかにずーっと思ってる。

教育なんていうものにはならないのかもしれないけど、そういう風なことが、他より大切にされて、自分でも大切にできるような、そういう学びをつくれたら素敵だなぁ。

 

 

いつかこうやって書き残した欠片が、いつか何かのきっかけで、いろんなものと繋ぎ合わさって、また大きな夢ができるんだろうなぁ。

 

 

今日もいい1日だった(^^)

 

 

(これ4月に書き残してたやつ、、)

 

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