言葉を書くのが好きだから、始めてみました

安全第一

長いながーーい春セメが!!おわっった、、!!!

えー、私、生きてるー!やったーー!本当に、あの、生かしてくれた人たち、心からありがとう

 

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あ、今日は鬱の話じゃないよ

さすがに3投稿連チャンはね(^ ^;)ご心配をおかけしました

 

今日は書きながらいろんなことに気づけたから、ブログ様様って感じだよ

 

 

 

留学申請のために色々考えてて、私が今まで必死にいろんなことを勉強してたのは結局、相手のいろんなバックグラウンドを想像して話せるようになりたかったからなのかな?と思った。

忘れもしない2018年の「魅力的な話し方ができるようになる!」って目標が、違う形でまだ続いてたのかなぁ。

 

小学校の頃はよく無駄に人に気を遣って「まみちゃん優しい!」ってしょっちゅう言われてたけど、あの時の私が知ってた「やさしさ」って言葉の意味は、気を遣ってなんでも許したりニコニコしてあげられることだったと思うけど、

今はねちょっと別の意味もある気がしてるよ。

 

 

優しさの半分は、知識

怒ってしまうのは、まだ自分の中での「知ってる感情や経験の引き出し」の数が少ないから

 

どっかで見かけた言葉と、下のはバナナマンの設楽さんの有名なやつですね

 

 

たくさん勉強して、今まで全然知らなかった事実とその内情を知ること。それがきっかけで、想像力が少しずつ付くこと。想像力がつくっていうのは、自分の頭にイメージできるものの種類とか深さが増すこと。

 

例えば中高の保健の授業で妊娠とか人間の成長過程を学んだのは、電車で妊婦さんを見かけたら、妊娠っていう出来事がたとえ自分には経験のないことだとしても、しんどさや大変さを想像できて、席に座ってもらえるように動くことができるってことで

そしてもう少しの知識と想像力があれば、目の前にいる妊婦さん以外にもどこかで一人で育児をして辛い思いをしてる誰かのことが思い浮かんで、どこかで見かけた男性の育休取得率の数字を思い出してやるせない気持ちになったりするわけで

そういう人が少し増えれば、「育休ウェルカム!」な上司のいる会社に出会える可能性も増したりして、そうやって「理解されて優しくしてもらえてよかったなぁ」と思える誰かが増えるかもしれない

もっと言えば、そういう想像力と知識量を最大限に発揮してもっと多くの人を生きやすくするのが政治だけどね。

 

 

私にとってはそれが、ものすごく大事なことだった

自分が勉強する意味を「社会に出たときのため」くらいにしか思ってなかった頃もあったし、最近は「教養あるレベル高い人たちのいる環境に身を置きたいからだ」って納得してたけど、

教養ある人たちと一緒にいたいのってきっと、向上心みたいなものもありつつ、なんだかんだそれが一番自分が心地よく生活できるからなんじゃないかなって今は思う。

 

 

中学校では周りでイザコザが本当に多くて、信じられないようなデリカシーのない行動する子を見てうわぁ、、って思いながらたくさんの友達にニコニコしておいて、ごく少数の気の合う子たちと悩みを共有したりして

初めての受験を経て高校生になって、いわゆる常識人の多さに心底ビックリして(笑)、やらしい話だけど、あ~それなりの頭の良さを持った子たちが集まってるんだなぁ受験で勉強の出来によって学校分けられるの案外悪くないじゃん、って思ったり

 

あの時感じた驚きと、「あ~ここなら余計に気を遣ったり変に傷ついたりしなくて済みそうだ」って安心感と居心地の良さは、そういうことだったんだろうな。勉強してきた人たちの中に身を置くのは、すごく安全なことなんだ。

 

そして今は自分にはレベル高すぎと思ってた大学に来たわけだけど、想定してた授業のしんどさよりも、理解力のある人の多さとか、世界中の課題について勉強して考え続ける環境で同じように頑張ってる人の存在とかが大きくて、だから私はものすごく安心なんだね

 

 

 

「なんで勉強しなあかんのーー!泣」「自分のためやろ!!」みたいな小さい頃の会話も記憶にあるような気がするけど、本当にそうだったのかもしれないなぁ

自分が安全に生きるため。

安全っていうのは、「自分が無駄に傷つくのを恐れずに安心して生きられる」って意味の安全と、「これから出会う誰かを自分の教養の無さで知らない間に傷つけてしまわない」安全。

冒頭で書いた「私は、相手のいろんなバックグラウンドを想像して話せるようになりたかったのかな?」ってのもあながち間違いじゃなかったね

 

 

 

 こんなすごいことに(わたし個人的には大発見~へへ)気づけたのはたぶん、精神的危機を経験して、自分を守る方法を探して、生きづらい実家で生きやすい環境について考え続けたから

もし逆に今超エネルギッシュだったら、勉強する理由はきっと「ワクワクするため」とか「ワクワクを見つけたらすぐに形にできるような力をつけるため」とか思ってたかもしれないよね。それももちろん間違いじゃないけど!

 

だから、すごく苦しんだけどものすごく意味のあることだったんだよね。

できればもう再来はしてほしくないけど(笑)

 

 

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私の中でずっと重く重く渦巻いてた「想像力」を、ほんの少しだけ噛み砕いて落とし込めたような気がする、

 

けどきっと、もっとシンプルなものでもあって、

 

私が最近よく思いをはせてるのは、普通によくしてもらってたけど特別仲が良かったってわけではない高校の時のひとつ年上の先輩で、

たしか看護の道に進んだあの先輩が、今どうしてるのかすごく気になるし、もし病院で働いてるなら大変じゃないかなぁとか毎日辛くて苦しくなってないかなぁとか考えたりする

たぶん連絡する勇気は私にはないし今の連絡先ももう知らないけど、それも大事な大きな想像力だよね

その先輩の存在のおかげで、いろんな病院の医療崩壊は全然他人事じゃないし、安部がふにゃふにゃした政策ばっかりなら声を大にして批判する。

シンプルで単純だけどたぶんこれが想像するってことで、想像が連鎖していけば大きい何かが変わるかもしれないよね。

 

 

 

 

私の好きな人は、親友は、昨日は寝る前に誰のことが頭に浮かんだかなぁ。ニュースを見たとき、誰かのことを思い出して心配になったりしたかなぁ。

どこかの大学での不正入試のニュースを見た誰かが、浪人してた私のことをふと思い出して、こんなことあっちゃいけないって困った顔をしてくれたりしたかな。

 

 

 

貧困から抜け出す唯一の方法が教育なら、大きすぎてよくわからない社会っていうものを変えるのも勉強して想像力を持つことかもしれないよね

 

 

また近いうちに続き書きます(^^)/

 

 

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