日々いろんなことを考え込みすぎてしまう私の、誰かに話したいけど話せない、言葉の保管場所

お見送り

ひゃ~、11月になった!なっちゃった!!

今年は毎月1回は投稿しようと決めてたのに、、

 

まぁいいです、10月は私、これから一生布団から出られなくなるかもってくらいパワーを振り絞って頑張ったから。

 

 

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秋田に、引っ越したよ!戻ったよ!新しい自分のお部屋で、いま、あったかいカーペットの上で、はんてん着て、お茶飲んで、生活できてるよ!

 

 

大学はオンライン授業のままなのに、なんでそこまでして、たくさんのお金を払ってまで、引っ越したのか。

不思議だけど、今の私はちゃんと言葉にできる。「なんか秋田戻りたいもん」とか「実家だるいもん」じゃなくて、ちゃんと、自分が踏み出した一歩が、なんのためのどういう一歩だったかわかる。

 

よかった、ちゃんとまた自分を応援してあげられるようになった。また少し好きになれた。

 

 

 

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引っ越しは、ずっと考えてた。

もうずっとブログにも書いてたし友達にもぐちぐち言ってたけど、一度出た実家で生活することが、すごくしんどかったから。秋田でいた2年間よりももっと長い時間、生活してたはずなのに。

例えるなら、結婚してもう何年か2人で生活してた夫婦が、突然親たちと二世帯住宅で暮らすようになったらこんな感じなんだろうな、だった。

洗濯機に服を放り込んだらその間に買い物に行って、帰ってきたら洗濯物を干して、お米をセットしておいて、炊けるまでの間ちょっと残ってた課題をやって、昨日の残り物のおかずをチンして、食べて。そういう自分のペースとか手順とか染みついた生活があるのに、同じ家の中に、家のことを取り仕切ってる人がもう一人いる。その人にも私と同じように自分なりのテンポがあって、洗濯物のたたみ方のクセがあって、洗い物のふせ方があって。だから私は、そこでは何をしても「お手伝い」になる。自分で一週間の食事の予定がなんとなく頭に入ってる上でお買い物をして料理するのとは全然違う。冷蔵庫を開けて、食材を見て、使ってもいいか確認してから、料理する。

 

それが窮屈で、しんどかったんだよね。

(書きながら思ったけどこれ、将来専業主婦にならないとしんどくなるんじゃないか?笑)

 

もちろん本当に、毎食毎食ごはんを作ってくれて、着た服を洗ってくれて、とってもありがたかった。たぶん、課題をやったり絵を描いたりする時間も、実家にいたおかげで増えた。

だけど、大学内で暮らしてる頃からわかってた。料理したり洗濯したり、そうやって自分の生活のために時間を使えてるってことが、ものすごい心の支えだったんだ。毎晩図書館で詰むことになったとしても、それでも自分の部屋でお昼ごはんに焼きそばを作れる時間があるってことが、「まだ大丈夫!」って思わせてくれてた。

 

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そういう生活面でのしんどさと、あとはうつになった原因のオンライン授業。まぁうつ自体はもうだいぶ楽になってきたけど、「私だけなんで?」「私だけこんなに苦しい」って気持ちが膨らみ続けてたのがしんどかった。

 

弟は毎日遅くまで部活があってヘトヘトになって帰ってきて、妹も週に何回かは大学に登校してOKになって、私の周りでもそうやって社会は少しずつ動きだしてた。なのに私は、なんで私の大学だけが100%オンラインなの?なんで私だけが、なんで大学生だけが、学ぶ権利をないがしろにされなきゃいけないの?まぁちなみに全部、まっとうな疑問だけどね。

 

でも、「あの子たちだけズルい」は絶対にしたくない、軽蔑する考え方だった。

 

春頃にも別の記事で書いた気がするけど、個人は何も悪くないから。高校生には高校生の苦しさ悔しさがあるはずだから。ずっと目標にしてた大会がなくなったり、大事な思い出になるはずの修学旅行がなくなったり、泣いてる子はきっとたくさんいるから。

そういう想像力をなくして誰かを睨んだり眉間にしわを寄せたりするのは、絶対にしたくなかった。なのに毎日、家族だけじゃなくて散歩してて見かけた部活中の高校生に対しても、「いいなぁ」って思っちゃってる自分のことが、嫌でたまらなかった。

 

この話をしたらカウンセラーさんは、「こんなこと考えちゃいけない、って思わなくていい。良い子でいなくていいです。」って言ってくれた。「まみかさんはたくましいよ、ものすごくたくましい子だな~って初めて会ったとき思ったよ、今は弱ってるかもしれないけど、まみかさんの中のたくましい自分が、きっと助けてくれるから大丈夫」って言ってくれた。

 

自分で自分に「大丈夫だよ」って自信を持って言ってあげられない状態を、変えられるかもしれないし、だとしたらそれは自分だけだってハッとして、そしてそこからは自分でも驚きのスピードで引っ越しを決めた。

 

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ポジティブな記憶の方が多い浪人の期間も、同じようなしんどさがあった。家族以外に毎日顔を合わせる存在がいないこと、数か月後の自分の行き先、居場所がわからないこと。数週間前の私も、留学はナシになるのかどうか、秋田にはいつ戻れるのか、先が見えなくて辛かった。でも浪人のあの時は、「大学合格!」っていう絶対的な目標があって、合格するかしないか、それしかなかった。1月から始まる入試まで、力を蓄えて待つしかなかった。

 

だけど、今の私はもう21歳で、自分の力でゲットしたお金も少しはあって、家族みたいに信頼できる「何かあったら頼っちゃえばいっか!」って勝手に思っちゃえる人もいろんなところにいて、だから、浪人の時とは違うはずだった。大学が「オンライン授業やめるわ」って言うのを待つんじゃなくて、今の21歳の私は、自分で何かを変えられる。

 

自分で自分のためにそれを証明してあげるのが、自分のことをもう少し尊敬できるようになるための唯一の手段に思えたから、だから動いた

 

 

 

 

 

 

お母さん、お父さん、秋田までの長い道のり、連れていってくれてありがとう。私が大好きな秋田のお店に一緒に行ってくれて、いろんな感情は置いておいて「一緒にお酒が飲めて嬉しい」って言ってくれてありがとう。

大事なひと、なかなか会えなくなっちゃうのも遠距離なんて上手くいかないかもしれないってことも私が一人で勝手に覚悟して、ごめんね。私が新しいお部屋のキッチンで作った料理の写真を、いつも美味しそうだねって笑ってくれてありがとう。私の「今日はスーパー行ったよ!」って言葉が「幸せに生活できてるよ」って意味だって知っててくれてありがとう。

 愛知で背中を押してくれた親友たち、いつだってお見送りに来てくれて「いってらっしゃい」を言ってくれてありがとう。秋田での生活のこと、ベラベラしゃべらせてくれてありがとう。「秋田行くね!」って言ってくれて、秋田まで遠くから会いに来てくれて、心細さをなんとなく察知してくれて、ありがとう。

秋田でやっと会えた(もしくはもうすぐ会える!)親友たち、何回も「秋田帰ろっかな」「やっぱ無理だぁ」を繰り返した私に、何回でも「待ってるよ」「なんでも力になるからね」って言ってくれてありがとう。秋田での生活を思い浮かべたとき、私の想像の中にはいつも二人がいたよ、秋田に二人がいるって思い出すだけで、本当に力がわいたんだよ。

 

 

今回のお引っ越しで、初めて本当の意味で「家を出た」ような気がする。「実家なんてすぐ出てやる!!」って意気込んで「実家を出る=決別」だと思ってた高校生の頃とは違って、今回はちゃんと「お見送り」をしてもらえたってよくわかる。いろんな人に背中を押してもらって、私もそれをちゃんと素直に信じられた。素直に受け取って、ちゃんと進めた。

本当にありがとう

 

 

 

今はちゃんと、今の自分自身のことも、自分の生活も、好きだって思える。

数か月前の、消えちゃいたくて仕方なかった私、あの時ギリギリ耐えてくれて、生きててくれてありがとう。エアコンは付けると変な音がするけど、ベッドの横の壁に、お気に入りの絵を飾れたよ。キッチンはちょっと狭いけど、なんとお部屋にテレビが付いてるよ。

 

 

 

来月もなんとかやりくりして、ゆっくりしっかり生活できますように!

 

 

 

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追伸

久しぶりの秋田で最初に食べたラーメンは、やっぱり桜木屋でした。ただいま〜〜♡

 

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