日々いろんなことを考え込みすぎてしまう私の、誰かに話したいけど話せない、言葉の保管場所

右利きで何が悪いの?

再びジェンダーについてつらつら書くよ。

 

最近、男性が書いたジェンダー関連の漫画を読んだり、メンズメイクについての番組を観たり、女性同士のカップルYouTuberさんの質問コーナー動画を観たり、性別とかセクシャリティとかぼんやり考える機会が何回かあって、、

いやっもう「何回か」どころじゃなく毎日何を観てどこに行っても「あ、、」と頭がぐるぐるするきっかけが無限に溢れてる

 

 

「勉強したり何かを学んだりするのは自分の周りの世界の解像度が上がることだ」ってどこかの誰かが言ってるのを見たことがあるけど、本当にその通りだと毎日実感してる

少し前に友達が「前に会った人がね、サラッと『パートナーが、、』って話し始めてさ、すごくない?感動しちゃった」って話してくれた。その一瞬の説明だけで、友達が何をどうすごいと感じたのか理解できたし私も同じように「意識的に正しい言葉を使える人って実在してるんだな、すごいな」って感じた

 ちゃんと学んだことのなかった昔の私なら、「彼氏」の代わりに「パートナー」とか「恋人」と言える人の教養深さに気づくことはなかっただろうな。「パートナー」って言葉を使ってわざわざ気配りしてくれたその人に、普通に「彼氏ってさ~」と返してしまってたかもしれないな

そういう言葉遣いに気を付けてる人は同じように他人の言葉遣いにもセンサーを持ってて、それが鋭くて攻撃的なものじゃなかったとしても「なーんだ、そっち側か」と失望することがたくさんあるってことも

 

 

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私は、ジェンダー学と呼ばれる分野の知識を身に付けて考えを深めて、自分の周りの世界がより鮮明に見えるようになったと思う。そう思うから、今の私に見えてるものがまだ見えてない人のためにも、世界がもっと鮮明に見えるようになって「解像度が低い頃の世界の見え方」を忘れかけてしまうであろう未来の私にためにも、言葉にして残しておくのはきっと有益なはず。そう思い込んで今日も頭の中をひけらかす。

 

 

 

 

もう去年のことだけど、ボケっとしながら朝ごはんを食べてたら、私の知ってる話題がニュースで取り上げられててハッとして目が覚めた。ある企業の公式Twitterアカウントで一従業員が自分の配偶者のことを「嫁」と呼んでツイートしたことで、批判殺到して謝罪に追い込まれたらしい、、という内容。

「旦那さんに何と呼ばれてますか?」「嫁と呼ばれることに嫌悪感はありますか?」そういう部類のインタビュー映像が流れて、スタジオでコメンテーターたちが持論を繰り広げる。「いやぁ、実際は嫁と呼ばれることに憧れを抱いてる人もいますしね」「家族の問題ですし外野が口を出すのは違うんじゃないかと思いますけどね」

もう、唖然すぎて絶望すぎて、開いた口が塞がらないとはこのことか、だった。どこから反論して、説明すればいい?

 

嫁呼びは嫌だと回答した人が少数派だったことは問題ではなくて、それよりもジェンダー観が遅れすぎてる国での情報発信として適切だったと本当に思ってるのかな?テレビの放送会社なんて小さい企業じゃなかろうに、誰一人として気を付けようとしなかったのかな?ある程度の正しいジェンダー観を持ってる人って、そんなに少ないのかな?

Twitter上ではあったけど、現状に違和感を覚える人たちの小さな声が積み重なって、ツイート主が謝罪するところまで追求できたのに。このヤバイ現状を少しずつでも変化させていこうと、「なぜ嫁呼び文化はなくすべきなのか」を必死に説明してたたくさんの人たちの動きをリアルタイムで見てたから、「家族の問題ですし」で切り捨てたメディアやその中の人たちの知能の低さと軽率さには本当に呆れたし腹が立った。人の前に立って発言する立場としての「価値観を更新し続ける」ことへの責任感のなさ、本当にすごい

 

チャンネルを変えれば、「将来性別が変わることもあるし男でも女でも通用する名前にしよう」なんて台詞が出てくるドラマ(逃げ恥)が作られてちゃんと放送されるくらい時代は進んでて、希望を持てるときもあるのに。(それにしても逃げ恥の新春スペシャルは本当に拍手喝采だったね。いつか制作者さんに会いたい。)

 

 

 

 

冒頭で書いた女性同士のカップルYouTuberさんの動画でも、いい意味での衝撃があった。その人たちの動画はいくつか観たことがあったんだけど、本当にのんびりと日常を映してるタイプのチャンネルで、たまに観るとただただ可愛くて微笑ましくて癒される。

私にとって衝撃的だったその動画は、事前にインスタで募集した質問に答えますよ~っていう内容だったけど、その人たちは「セクシャリティのことはよく知らないしわかりません」ってハッキリ言ったんだよ。

あぁ、当たり前になるってこういうことなのかなと思った。今までの私は、同性カップルは皆LGBTQ+を取り巻く様々な課題に関心が高くてsexual minorityの権利のために活動してるとなんとなく思い込んでた。よく考えてみればそんなわけないのに。彼女たちは活動家としてじゃなくて、他のカップルYouTuberと同じようにただただ幸せな日常を記録するためにYouTubeを使ってるだけだったんだ。

何かを誤魔化そうとしたり言い逃れしようとしたわけじゃなくて、「まぁ私は前に男性とお付き合いしてたこともあるし、でも今の好きな人は〇〇ちゃん(女性)だし、ってだけです。何かに当てはめようとすれば私はバイセクシャルってことになるのかもしれないけど」ってスラスラ~っと話すその人の言葉を聞いて、ものすごく腑に落ちた。この人にとってはセクシャリティなんて別になんでもいいんだ。

 

みんなが見識高いわけではなくて、本人にとっては「自分のsexual orientationは当たり前だから特別学ぶ必要もない」と思ってしまえるくらい、存在が当たり前にならなきゃいけないんだ。自分が右利きであることについて私が現段階では特に学ぶ必要を感じてなくて、「右利きだとこういう権利が受けられないから注意しなきゃ」「初対面の人に右利きだってバレると引かれるかもしれないからカミングアウトするタイミングは気をつけなきゃ」なんて考えなくていいみたいに、当たり前に持ってる自分の特性で不利益を被ったり危険な目に遭ったりしなくて済むように、、。それが目指すべきことだったんだ。

 


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小さいことだらけかもしれないけど、昔より少し解像度が上がった今の私は、バイトでお客さんに飲み物を出す時に生ビールは当然のように男性側に置くんじゃなくて真ん中に置いたりお客さんに聞いたりできる。「小学生以下の子には、男の子には青の、女の子にはピンクのスプーンを(他の色のもあるけどできれば優先的に)用意してね」と教えられたけど、特に大きな目的はなさそうだったので他の白や黄緑のスプーンを優先的に使うようにしてしまえる。初めて来たお客さんが日本人顔じゃないような気がしてもいきなり英語で話すんじゃなくてまずは日本語で話してみることができる。

今日も実はバイト先で酔っ払った80歳くらいのじいさんに嫌な絡み方をされて、ハッキリと「黙って食え」と言えるほど強気にはなれなかったけど、それでもその時の状況が異常だとはわかった。昔の私なら、愛想良く振る舞うことしか頭になかっただろうけど、解像度が上がった今の私は「こんな風に一方的に嫌な思いをさせられる理由なんてない。次また嫌なこと言われたら何て言い返そうかな」と試行錯誤しながら心の中でちゃんと自信を持って立っていられた。

 

 

今の私の周りの世界は、異常だ。

自分のパートナーがたまたま同性だっただけで一緒に部屋を借りられないのも、女として生まれただけで将来の可能性が狭まるのも、地震や自然災害が起きる度にヘイトが沸きまくるのも、権力者の女性蔑視を軽視するのも、全部ちゃんと異常だ。私や一部の人たちがセンシティブになりすぎてるわけでは決してない。見過ごすことになれちゃダメだ

 

 

問題を軽視することがカッコいいかのような風潮も、「みんな怒りすぎだよ、落ち着こうよ」と言い出す偽平和主義者の存在も、当たり前におかしいという認識が広がって当たり前になりますように。

 

 


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また近いうちに書きます。

読んでくれてありがとう^_^

おやすみ