日々いろんなことを考え込みすぎてしまう私の、誰かに話したいけど話せない、言葉の保管場所

自分で

6月は、大事件がたくさんあった。必ずしも悪い出来事ではなく、私にとってかなり大きい出来事だったから、大事件。

 

「実はあの時まみかのこと〇〇って思ってたよ」「まみかは〇〇だなとずっと思ってた」って言葉を、この短期間で、4人の人に言われた。意外な言葉もずっと言われたかった言葉もあって、ものすごくこう、なんだか報われたような気持ちになって、出かける直前でメイクバッチリだったのに目が涙でいっぱいになっちゃったりした。

 

 

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1人目は、高校1年生の時から仲良くしてくれてる友達

私がインスタに載せた近況報告的なものを見て、しばらく連絡取ってなかったのにいきなり電話をかけてきてくれて、なんかいきなり泣きながら私のことをたっくさん褒めてくれた。笑

まみかは悩みながらも、本当に毎日頑張ってる。って言ってくれた。

 

最近、私のネガティブが近くにいる人を暗い気分にさせてしまってるような気がしてちょっとだけ辛かったから、「悩みながらも」って言ってくれて、考えすぎてる時間も私には大事で、たまにネガティブに考えることも頑張るために必要だってこと、なんとなくわかって認めてもらえた気がして、つられて涙が出そうだった。とっても救われた。

 

昔から突拍子の無い変な子だったけど、まっすぐで人懐っこくて本当にすごい人だなと思って笑っちゃった。私のことをひたすら褒めてくれたけど、私はSNSとかで近況を知って「あの子頑張ってるな~」なんて思う人がいてもいきなり連絡なんてできないから、逆にその子のこと褒め返したくて仕方なかった。笑

相当心が動いたんだろうな、ほんっとうに嬉しかった。

 

 

2人目はまさかの、父親。

ちょうど去年の今頃に私が鬱で苦しんでた時のことを、「実はあの時心配してたよ」と言ってくれた。「実はあの時、まみかに話そうかなと思ってたけど話さずに終わっちゃったことがあった」と教えてくれた。文面でだったので、その「話そうと思ったけどやめたこと」の内容はまだ聞いてないけど。

親のことなんて、本当にほとんど何も知らないんだろうなと思った。だって親だから。親子という関係性の中で言えること・見えるものには限りがあって当然で、だからこそチラッと見えた親の人間性が大きな影響を持ってしまって、嫌だなぁと思ってしまうことも多いんだよね。だけど、子どもだった私に対して言わないで見せないでおいてくれたものを、私が大人になって「親子」が曖昧になっていくにつれて、見せてもらえるようになるかな。

 

 

 

 

思ったより長くなったので、3人目と4人目は秘密にしておきます。お手紙をもらったり、ミーティング中にポロっと言われたりしました。

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感情は生ものだから、思ったその時にリアルタイムでちゃんと伝えましょう、っていうのもその通りだと思う。大切な人たちに想いを伝えることを怠っちゃいけないと、私もちゃんとそう思う。

だけど逆に想いを受け取る側としては、今の私には見えてないだけでそこにあるものの存在も忘れちゃいけないな、信じ込めるようになりたいな、って痛感した。

 

自尊心とか自己肯定感とかは、こういうことのためにあるのかもと思った。いつでも誰かしらが甘い言葉を与え続けてくれるわけがないし、そんなの求めちゃいけない。でもそんな頻繁にではないけどふいに嬉しい言葉をかけてもらえることがあるのも事実で、その言葉は一瞬で生まれたものばかりじゃないはずで。日々の私の言葉とか行動を見て、なんとなく感じてくれていたことが、ある日突然形になって言語化されたりするってだけで。だからずっと潜在的に、私のことを応援して好きだと思ってくれてる人は絶対にいるはずで、、

 

まだ目に見えないけど確実にそこにあるであろうものを、信じられるようにならないと。大切な人たちが私に向けてくれる愛情を、マイナスになってしまってる私の心を埋めるために消費してちゃダメだ。信じるっていうのは、誰かからの愛を心の中で勝手に前借りするのとは違う。前借りして、実際に払われるまでせかせかしてしまうのは、消費してるのと同じだ。

私はある程度自分に自信があって自己肯定感が高い方だとは思ってたけど、すごく不安定な自信だった。周りの人が不定期に与えてくれる尊敬や愛情を自転車操業みたいに消費して、たぶん少し、依存してた。

 

自己肯定感は、独りよがりになるためじゃなくて、きっと周りの人への愛でもあるんだ。自分で自分のことを肯定して愛する力があれば、誰かが愛をくれた時きっとすごく喜べるし、ちゃんと受け取れるから。

 

 


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今月も、読んでくれてありがとう。

最近は、「時間は過去から現在に向かってじゃなくて、現在から過去に向かって流れてる」という言葉が好きです。昔あったいろんなことは、今か少し先の未来で成功することで「あの失敗のおかげ」って言えるようになるから。過去が未来を決めるんじゃなくて、未来によって過去の捉え方を決めることもできるから。

 

 

6月は大きな別れがあったけど、来月の私は、どんな感情で振り返るんだろうか。来年の私は?30歳の私は?いつか誰かと結婚する時は、「あれでよかった」って思えてるのかな。過去の自分を否定したくなくて、過去の選択を正解にしたくて必死になってしまうけど、過去の自分は過去の自分で「未来の私が幸せでありますように」と今の私のために祈ってくれてたはずだから、気負わずに、今の感情を無視せずに、ちゃんと今の自分に正直でいられるといいな。

 

私が鬱でしんどかった時、いろんなことがしんどかったけど、過去や未来を想像してしんどい部分もあったように思う。「あんなに頑張って大学に入ったのに、こんなに何も頑張れないようになってしまった」「このまま一生抜け出せなかったらどうしよう」って、辛かった。

でも今は、あの頃の私に会いに行って「今一瞬だけでも心地良く過ごせる選択をし続けていいよ」って言ってあげたいって強く思う。計画好きで几帳面だから過去や未来に対して責任を感じてしまうことがよくあるけど、もっとわがままに今だけのことを考えて最優先にしていいんだよと抱きしめてあげたかった。

 

最近は鬱について書く機会が減ってきてたけど、「今の私から見たあの頃の私」というのは今もちゃんと変わり続けてるから、これからもたまに書こうと思う。あの頃の私に似た今しんどい誰かに一瞬でも深呼吸しようと思ってもらえるかもしれないし、あの頃の私を楽にしてあげられるのは今とこれからの私だと思うから。

 

 

辛いことは無理しないで、心地良く生きるための努力を力を振り絞ってできるひとであれますように。

今月も、よく頑張りました!!!(^^)

 


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