日々いろんなことを考え込みすぎてしまう私の、誰かに話したいけど話せない、言葉の保管場所

大学4年生のキャンバス

去年くらいまで、ふと「私っていったい何になりたいんだっけ」と我に返って落ち込むことがよくあった。

元々、「面白い!」と思ったものにはすぐハマりにいく性格だったから、いろんなものをわりと深いところまでかじって、「でもこれで生きていきたいわけではないな」となるのを繰り返してた。

どれも別に、浅い感情ではなかった。

というか、私は浅いところで止まれるタイプではなかった、が合ってるかな。一度関わったら深くまで知らないと気持ち悪く感じてしまうので。

 

浪人して大学に受かったときは、今でもあの頃の自分を尊敬するくらい本当に自己分析を頑張ってた。毎日過去問を解いたら正答率の変化を確認して、自分はどんな風に間違うパターンが多いのか分析して、今の自分の精神状態をしっかり記録して。だから大学に入ってしばらくは、サークルの自己紹介で得意なことを聞かれたら「自己分析」と答えていたし、高校生に向けて自己分析を教える機会もあった。

あの時は、「私は自己分析で起業するんか?いや、、就活支援的な事業がしたいわけではないな」のモヤモヤがずっと一緒にいた。

 

大学での最初の2年間は、学生団体(サークル)の活動を本当にめっちゃ頑張った。秋田県の高校生たちにそれぞれ自分の好きなことでプロジェクトをやってもらう活動。毎週末高校生に会って、それこそ一緒に自己分析をしたり、課題解決しつつ高校生自身のやりたいことも同時に叶える方法を一緒に探ったり、楽しかった(プラス激務だった)。

あの頃は、成長していく高校生たちを見てるのも教育について考えるのも楽しくて仕方なくて、だけど学校の先生になりたいかと聞かれるとそうではなくて、、

 

 

「点と点が繋がって線になる」なんて、信じられなかった。点ばっかりが増えていく自分が少し情けなく思えて、でも焦れば焦るほど何事も「将来これで食べていきたいか?」って自問自答して切り捨てた。

でも今になって少し思うのは、たったひとつの経験からそれで将来を決められるかどうか考えるなんて、点と点を結ぶどころか一つの点を無理矢理引き伸ばして直線にしようとしてただけだったなということ。

 

 

それに、私が学生団体の活動で得た点は「教育」っていうシンプルなひとつだけじゃないはずだった。

人の成長を見るのが好き。「人」は高校生じゃなくてもいい。チームのメンバーが成長する様子も、同じように胸がソワソワする。「成長」っていうのは、何かを経験したあとでそれがどんな経験だったか言語化できるようになることを言うんだと思った。そして私は、その「言語化」を手伝うのが好き。高校生やチームメンバーが発した言葉を噛み砕いて落とし込んで他の言葉にして「こういうこと?」ってするのが得意。

この全部が、私が2年間で見つけた点。

 

 

 

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別に将来が決まったわけでもない(というか迷いまくっている)大学4年生の私が、今こうやって「点と点が繋がって線になる」ことについて書く意味は、「線」って別に将来の職業が決まることを指してるわけじゃないと気付いたから。

だって今の私の中にもすでに何本か線はあると思うから。相手の言葉を噛み砕いて落とし込める特性は、浪人時代に過去問を分析しまくってた分析好き(?)な部分と繋がる。言語化が楽しいと感じるのは、今まさにこうやってブログを書いてる時も同じ。

 

 

最近ようやく、心が動くことに敏感でいいんだって思えるようになった。

「次はこういう経験を積めばこういう将来が見えるだろう」って、線を作ることばかり考えて点の種類や位置をあらかじめ決めてから計画的に経験するばっかりじゃもったいないって気付いた。

 

点は作るものでもあるけど見つけるものでもあると思う。肌のシミみたいに年月が経って見えるようになる「点予備軍」も隠れてると思うから。現に私は、「教育が楽しい」って一つの点しか得られなかったと思ってた学生団体での経験をその後も何回も思い返して現在の自分と合わせて咀嚼してたら、「私って言語化が楽しいんだ」「私ってチームビルディングにどうしても目が行ってしまうし力を注げるんだ」って気付いた。

 

私の中には無数の点があって、たぶんそのうちのいくつかが個展開催を導く線になってた。でもたぶん数年後にはその線も、もっと大きく見える紙の上で一つの点に見えるようになってるのかも、と思う。就職も、結婚も、いろんな経験を経ての最終決断っぽい大きな出来事だからその瞬間は人生のいろんな点が結ばれて線になった感覚があるのかもしれないけど、たぶん一つの点に過ぎない。

 

財布をすっからかんにして個展を開催して、何になるんだろう?大学4年生ならインターンの応募に明け暮れて然るべきであろうこの時期に、ひたすら絵を描いてる時間は、何かに繋がるのかな?ジェンダーの勉強は大好きだけど、ジェンダーでお金を稼ぐなんてできるのかな?個展が終わって抜け殻になった後の私は、ただの就活サボった人になっちゃうんじゃないかな、、?

そういう不安は、正直全くなくなってない。私のことだからやはり毎日ネガティブになりかけてるけど、普通に時間がない。悩んでる暇がない。笑

特に私みたいなほっといても考えすぎる計画好きな人間は、きっと、エイヤー!で行動に移す訓練が必要で、今のところはそれが一番の「この時期に個展を開催する意味」。今まではきっと、会場図とか作品点数とかバチバチに決めてから実行するかどうかようやく迷い始めてたけど、今回の個展は驚くほど「あ、、すいませんそれは考えてませんでした」を関係者とのミーティングなどで連発している。最初はプライドが崩壊しそうだったけど、というかたぶん一回崩壊したけど、きっとそれがよかった。

どんな線が引けそうか予想図を完成させてからじゃないと点を作り始めることすら全くできなかった私より、きっと今の方がいい。

 

 

点が良いとか線が悪いとかそういう話ではなくて、点を大量生産してる状態、最高じゃん!情けなく思う必要なかったじゃん!ということです。

大学4年生って、将来をクリアにしなきゃいけないプレッシャー(自分自身からも、周りからも)で息苦しくなることが多い時間だけど、どこかの企業に就職したり自分で起業したりするのもどっちみちただの点じゃんと思えば、心が動くことに敏感に、なんとなく良いような気がする選択肢を選べばいいや~と楽になれそうな気がします。

 

 

悩むことに息苦しさを感じてる時点で、そこに残ってる選択肢は全部、どれを選んでも大丈夫。私はもう十分悩んでる。

自分で自分を追い詰めないように、忘れないようにしたいです。

 

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とりあえず、今頑張りたいことを、がんばる!