言葉を書くのが好きだから、始めてみました

おはよう

 

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カフェテリアでさ、食べ終わったお皿を水に突っ込む洗い場?みたいのがあってさ、そこにおばちゃんがいて、そのおばちゃんにみんな「ごちそうさまでした~」って挨拶しながら、水がいっぱい溜まったその流しに食器を入れるんだよね。

ボチャン、ボチャッ!って。

 

 

 

私はずっと、本当はずっとそれが嫌で、

 

おばちゃんに水が跳ねるのに、ほとんどの人がそんなこと気づかずにすごい勢いで投げるみたいにお皿を入れていって、

 

誰か久しぶりの人とご飯を食べても、最後にそれがあって、ほとんどの人がそうで、

「この人もか」って、そう思うだけだけど、確実に、その人との心の距離は勝手に広がったわけで。

 

 

 

本当は、そんなたいしたことじゃないのかもしれない。

気にし始めちゃったから、ナイーブになりすぎてるのかもしれない。投げ入れてるわけではないんだろうな、みんな。

 

 

 

ただたぶん、それが私の大事な価値観だった。

観察力、想像力、共感力

その三つは、ずっと頭の中で渦巻いてる。

良い時は、自分を正しい方に導いてくれるけど、

悪い時は、他人を判断したり裁いたりする。

 

 

 

モノとか、人とかを、大事にするっていうのがどういうことか、

どういうことを、大事にするってことなのか、

 

そこに関する考え方とか、感じ方とか、いわゆる価値観とかが、ずれてたのかもしれないなぁ

 

 

 

初めて、そうじゃない、

飛び跳ねる水に気づいてる人をやっと見つけたって思ったのに。

 

 

 

 

 

 

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とは言え、たぶん私も、おんなじように誰かにとっての「気がつかない人」「じゃない側の人」であって、

 

だからやっぱり、一般論での良い悪いなんて付けられないことなわけで

 

私の頭の中で、私が21年生きてきて感じたこと全ての延長に、その感じ方もあるだけで、

私にとっての「じゃない側の人」を「悪い」って言えないよね

 

 

それを薄々気づいてるのにこんなに距離をとってしまうのは、ちゃんと一般的に、悪いね。

 

 

 

 

 

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大阪で食べた人形焼き、美味しかったなぁ

また春休みにガタンゴトン行こうかな〜ひとりで

 

 

 

 

 

 

 

おやすみ

 

 

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誰か知らない人に引き取られて、もう会えなくなったノラ猫ちゃん

 

どこかで元気にしてるでしょうか

寒くて震えてないかなぁ

 

 

 

会える、会えない、とかではなくて

「春になったら、お花見したい!」と思ってたことが、叶わなくなって

それどころか、なにかをしたい、やりたい、と思うことももうなくなるっていうことで

 

 

でももしかしたら、少しは良いこともあるのかな

たぶん、青空を見たら、これまでよりもホッとすると思うから

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「せっかく生きてるんだから、全力で」、

でもだからこそ、ダラダラ、適当に生きるのも、そんな選択肢があること自体、素晴らしいことなんだってわかる

 

でも、そんな選択肢がある中で、やっぱり素晴らしいチャンスをもらってるんだから、目一杯生きなきゃ、絶対に甘えだっても、思う。

 

 

どっちが正解とか、どっちになりたいとかではなくてね

 

 

 

 

 

 

そういえばお正月は、お祈りすることが多かった

 

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自分のことが一番可愛いのはきっと仕方ないけど、それでもこんな風に、年に一回だけでも、他の誰かのことを祈れる日があるといいな、これからも。

 

 

 

 

 

 

年末年始、親の実家に一緒に帰って、いろんな写真を発掘して楽しかった

 

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お父さんこんな顔してたんだ、

ばあちゃんのおねぇさんって綺麗だね、

ひいじぃちゃんってどれかな?

 

 

 

大丈夫、たぶん、

写真もたくさんあるし、撮ったし、

いろんな思い出が、たくさんあるし、

 

何回も思い出して、

いつかもっと昔話みたいに話せるようになったら、きっとみんな話題が尽きなくなる

 

 

何もなくなるってのとは全く違う。

そうやって、たくさんのことを覚えてるよ。

 

 

大好きだよ。

 

 

今度会える時は、どんな楽しいことがあったのか、たくさん聞きたいな

 

 

 

 

 

私ね、この間、21歳になったよ。

毎日、今日も、明日も、大事に生きる。

 

自分のことも、大事な人のことも、大事に大事にして、ゆっくり大切に生きる。

 

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長い間ほんっとうにお疲れ様

 

大好きだよ

 

 

 

 

 

 

 

相対評価とか、選択肢とか

こんなにも「知りたい!知りたい!」と思えるものがある一方で

いろんな「思った」ことを、思った、感じた、って認識しないようにしてる自分もいて

 

それって大体、そういうことで

 

この先に待ってるものは、大体想像がつく

 

 

今まではきっと、必死にもがいたり悩んだりしてたけど、なんでかなぁ今はじっとしていられる

なんか、余命を楽しんでる素敵なおばあさんみたいに。

 

一瞬一瞬が愛しいし、切ない

けど、それとは切り離したところで、この先に何があるかってこともわかる

 

 

なるほどね

これが「強くなる」なんだ

痛みに鈍くなる方の。

たぶん、本当の意味で強くなるのは、こんな時に自分に向き合って考え突き詰めて大切なものを再認識して失わないように頑張れるってことだけど。

 

 

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焼き芋のことは、まだ嫌いになってないよ

たぶん飽きてもないよ

だって、他のものを食べてもいいんだし、腐らせても怒らないし、食べたい時にスーパーで買えばいいだけだから。

たぶんきっと飽きない。嫌にならない。

 

 

そう思うと、やっぱり、良さがあったんだよなぁ。

誰だってすぐ親密になりたがるけど、付かず離れずの関係にも、ものすごく大事な価値があったんだよなぁ

 

 

 

もうすぐ年末だね

 

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帰省たのしみだな(^^)

 

 

 

 

 

 

 

青い古着のワンピース

むかーしむかし、「変人」という言葉がそれはそれは似合う男の子がいました。

 

彼の「変人さ」は魅力でもあり、チョークのギィッって音のような「しっくりこない感」の原因でもありました。

 

 

私が初めてその魅力に気づいた時、「たぶん好きになるな」「たぶん付き合うことになるなぁ」そんな感覚がありました。

今となっては、「好き」というより、「自分のものにしないと納得いかない」に近かったってわかるけど。

 

 

もう、2年か3年か、それくらいの時間が経って、SNSも繋がってるのか?繋がってないのか?よくわからないし、たぶん大学生だとは思うんだけど、まぁやめてるかもしれないもんね

 

ハートマークとか、多すぎる絵文字とか、そういうものを久しぶりに見て、

あー、私の絵文字アレルギーは、ここが発祥だった。あー、それでも、これはたぶん、私が自分を少し信じられるようになったきっかけだったのかもなー。

そんな風に思えるようになった(^^)

 

 

ずっと、「ある程度好きなら、ある程度のめり込めて、ある程度長持ちさせられる」って、そう思ってて、自分のこと、そんなにこだわりもない人間だと思ってて、

何年も好きだった人がまだ心に残ってても、目の前で好きだって言ってくれる別の人と幸せに暮らしていけるって思ってて、

 

でもそれが、変人さんとの恋で、初めて自分で、サッて気持ちがなくなるのがわかって、初めて自分から、ごめんねを言えて、

 

それから少しして、あっちも自分のこと、そんなに好きじゃなかったって気づいて、

 

でもまぁ「若気の至り」っていうのか、その思い出は、思い出したら心臓引っ掻かれてるみたいで耳を塞ぎたくなるような居心地の悪いものなんだけど、でも確実に、私が変わったポイントで、

今となっては、ふふって眉毛が下がっちゃう思い出なんだね。

 

 

 

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どうでもいい話

どうってことのない昔話

 

こういうお話を書きながら「ありがちな恋愛」を聴くと、つくづく、乃木坂いいなぁと思い知ります☺️(結局)

 

 

 

 

ディズニーランドの裏側

教師になるということ

 

今ね、中1の女の子の、家庭教師をしていて。元々そんなに教育の分野に興味があったわけではなくて、でもまぁ、よく考えてみれば、弟や妹、近所の小さい子たちとじゃれあったり、勉強を教えるのは昔から好きだったなぁ、なんて思ったり。

「学ぶ」って面でも教育よりも、「教える」っていう面の教育には、元から興味があったのかもしれない。

 

うーん、ほんとに興味、なのか?

なんかこれは、多くの人が持ってる感情な気もする。「教育」なんて大それたものじゃなくても、自分の経験について聞かれて、話したり、自分の人生の教訓を人に伝えたりするのは、結構多くの人にとって、気持ちいいことなんじゃないかな。実際プライドをくすぐられてるんだよねーきっと。笑

 

だからなんか、子どもたちの「親の次に身近な大人」として、大事なものは、教師になるために、上手く勉強を教えるために、それだけに集中した大学でそれだけのために4年間使うことじゃないような気がする。

片手間で、人生の余暇として、ぐらいの重さで教師やってる人の方が、私には、いい影響をくれたなぁ。

 

どんなに上手くわかりやすくひっ算を教えてあげられるかじゃなくて、この計算がどんな風に人生の役に立つのか、

難しい漢字の読み方よりも、この本からどんなことを感じとれるか、そしてそれが人生にどんなに大切か、

そういうことを教えられる先生は、素敵だなぁ。

 

 

私の人生設計の中に、「教師」って選択肢は今のところないけど、

やりたいことの大体をやり終えて、顔にしわが増えてくる頃になったら、自分の人生のことを、本にしたりどこか広い場所で誰かに聞いてもらったり、したいなぁ~とはひそかにずーっと思ってる。

教育なんていうものにはならないのかもしれないけど、そういう風なことが、他より大切にされて、自分でも大切にできるような、そういう学びをつくれたら素敵だなぁ。

 

 

いつかこうやって書き残した欠片が、いつか何かのきっかけで、いろんなものと繋ぎ合わさって、また大きな夢ができるんだろうなぁ。

 

 

今日もいい1日だった(^^)

 

 

(これ4月に書き残してたやつ、、)

 

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花粉症の目薬のおはなし

 

アヴリルを聴くと、ほんのり思い出すドキドキ

ミスチルを聴くと、今でも胸がゾワってなるし

結局そんなにハマらなかったけど Jetを聴くと、思い出せることが何もないのに恥ずかしくて忘れたくて仕方ないような気持ちになる

 

 

そしてたぶん、数年後思い出すのは、乃木坂なんだろうな

避けて通るんじゃなくて、一緒に二人で懐かしく聴けたらいいなぁ

 

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歌とか曲とかだけじゃなくて、カツカレーとか、お尻にニコちゃんマークのジーパンとか、紫ジャージとか、レトルトの牛丼とか、

いろんなものが、たぶん、いろんな季節ごとに、やってくるんだね

 

べつにもう悲しいとか、恋しいとか、そういう感情じゃなくて

今のわたしが、それぞれのその時のわたしを見て、ふふっクスクスって笑ってるみたいで、不思議だけど、嬉しいなぁ、

こんな風に思えるなんて、こんな感情にたどり着けるなんて、思ってなかったなぁ

 

 

ほんとうに素敵な人に出会えたんだなぁ

いつもありがとう

 

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夢には出てこない、現実側のこと

 

どうしようもない

 

どうしようもないことなんてないのに、どうしようもない

 

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生まれた時から、一緒だから

たぶん、思い出とか知ってることの量じゃなくて、人格形成の過程においては、他の人よりもたぶん理解してるから

 

わかる

 

あの子が今ああなってる大きな理由。

 

「人当たりがいい」、「よくいる良い人」になれないで、とげとげして、すぐ敵をつくって、雰囲気を悪くしてしまうワケ。

 

 

私に何ができるかなぁ。

頭ごなしに怒るんじゃなくて、何ができるかなぁ。

誰かに気づかせてもらうものではないのかもしれないしね

 

 

 

 

私のお母さんは、幸せなんだろうか

私をこんな、二十歳にまでも育ててくれた母親は、本当に幸せなんだろうか

 

全部を知ってるわけじゃない、それは本当に。

もしかしたら、結婚する時に、そう約束したのかもしれない。

「君が疲れて帰ってきたあとに汚れたお皿を全部洗ってくれても、お礼は言わないよ」「ハンバーグをお箸で割ってみて中が赤かったら、舌打ちするよ」「俺の話を理解できなかったら、それ以上説明はしないよ」「思いやりは、ないよ」

二人の間に、私の知らない「契約」があるのかもしれない。結婚って、契約の一種だし。

 

それに、全部に味方なわけじゃない。

改善しなきゃいけないところがあるのは、見えるから。人格として、「そこを直してくれなきゃ身内は傷つくばかりだよ~」って思うところがあるから。正直、それで何度も、泣いたから。

 

でも、私は決して、誰かを責められる立場ではない。

私は何回、山積みの食器を、黙って片付けられただろう。「今から買ってきてくれない~?」って頼まれた洗剤や卵を、すぐにスーパーに買いに走れたことは、何回あったかな。

一度でも、父親に、「お前何様じゃ」と言えたことがあっただろうか

 

 

何年も前から、こうやって、少し嫌な日常を感じると、こんなことを考えて、こんなような結論に落ち着いて。

次の日の朝は、なぜかみんなが思いやりを持ってるように見えたりもして。でもそれは、たまたまで、数日後に、変わらない冷たさに気づいて、落胆して、また慣れて。

 

 

実家を出て1年。

少しは、前と違うものが見えてる。わかる。きっと、数年前の私は、私の妹とおんなじように、口をとんがらせて、目を細めて、ため息をついてたのかも、しれないよね。

 

 

私になにができるかなぁ。

親って難しいなぁ。私の今持つ人格のすべてで、未熟な人格のすべてで、他の未熟な人格と、どう関わればいいいのかなぁ

 

 

変えたい

 

でも、変わりようもない

変われないはずなんてないのに