言葉を書くのが好きだから、始めてみました

かさぶた

自分のまもりかた

 

 

約1か月前、鬱になったぜ~って書いてしまったところですが、まだ回復の過程でもがきながらも、元気に生きてます(^^)/

どん底まで落ちたおかげで成長できた!」とか言えるまで振り切れてはいないけど、少しずつ見えてきたこともあったり、その一方で、またああなったらどうしよう、、という大きすぎる恐怖感もあったり

だからこそ、今回ほどではなくでも落ち込みやすいネガティブ性格だからこそ、どうやって回復に向かうことができたのか、何が支えだったのか、未来の自分のために残しておいてあげるのはきっといいことだと思うから。自分のまもりかたを書きます。

 

 

 

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まず、「私の最高の状態を知ってくれてる人」の存在を思い出すこと

恋人じゃなくても、仲良しの友達じゃなくても、「頑張ってる状態」だった自分を一瞬でも誰かに見られた記憶を呼び戻す。自分が今どれだけ落ちてても、何も頑張れないダメダメ人間だって思っても、「まぁ本来は才能に溢れた頑張り屋さんだもん!」って思えるかどうか。そうやって思い込みの力を借りようとした時に、自分以外に誰か証人がいてくれたら、居場所ってそういうことなのかなと思った。

 

私は、授業が苦しくなったとき、「ハードルを最低レベルまで下げて、いっちばんの低クオリティでいいんですよ」って言ってくれたカウンセラーさんがいたし、しっかり自分のパワーを出しまくってた団体の活動があったから(鬱中は何もしてないけど笑)、自分のことちゃんと甘やかしてあげられた。

授業中に全く頭が回らなくてディスカッションでほぼ発言できなかったりしても、本当はちゃんと議論できる子だってわかってくれてる人がいるって思えたら苦じゃなかった。そこで自分で自分のことを追い詰めて、無理やり頑張らせて、心はギリギリなのに場の雰囲気を変えようと頑張らせたりしちゃってたときは、終わってからのダメージが大きすぎて、自分で自分を消費して、辛かった

 

自分の最高の状態を知ってくれてる人の存在 っていうのは、

例えば、授業で先生にあてられた時しどろもどろになっちゃったとして、ものすごい被害妄想だけど、それを見たクラスの誰かが「あの子実際全然英語理解できてないよねー」って陰で笑ってたとしても、それを聞いて「お前らが知らないだけでこっちの団体内では大活躍じゃドアホ!!」って言い返してくれそうな人の存在のこと。

そこまで言い返すほど強い気持ちはないような薄い関係の人だったとしても、「えーでも、前に一緒にグループワークしたときすごい頑張ってくれてたけどなぁ~」って思ってくれる人がもしかしたらいるかもって思えたら、あつかましいけど、ぼんやりとでもそういう人の存在を思い浮かべられたら、それでもう勝ちだと思う!

 

 

と、そんなことを思ってました(^^)

 

 

 

 

 ふたつめは、物理的に一番身近にいる人に辛さを打ち明けること。

心の距離も近ければもっといいのかもしれないけど、大事なのは、「べつに親友ってわけじゃないな」「悩みを打ち明けるならこの人よりあの子の方が良いな」って思うとしても、一番身近にいて、毎日一番長く時間を共有してる人に打ち明けるってこと。

 

私の場合はお母さんでした

そりゃあ、高校の時から辛いとき何度も助けてくれた大事な親友に話す方が気が楽だったかもしれないし、鬱になってからというもの毎日連絡を取り続けてくれたあの子だけに話を聞いてもらい続ける方が、すべてを一から話す大変さはなかったかもしれない

 

けど、それでも。

 これは私の悲劇のヒロイン気質と大きく関係してるから、まったく当てはまらない人もいるかもしれない方法だけど。それでも、お母さんに話を聞いてもらえたのはものすごく大きかった

 

 

 私が今苦しすぎて死にそうな状況だってことを知ってもらえたから、調子がいい時はちゃんと素直に元気でいられた。

私はすぐ悲劇のヒロインになりたがるから、心配されたがりだから、

辛さをわかってもらえてないと、心の中の苦しさを表面に出そうと努力してしまって、苦しさを何倍にも何十倍にもして苦しいオーラを身にまとおうと無意識に努力してしまうから

いつもよりちょっと気持ちが沈んでないなって思う日がきても、だからって今日元気に振舞ったら、昨日までの辛さは気づかれないままなかったことにされて心配解除されるのかもと想像して、結局沈んだ気持ちに自ら戻ってはまっていくから

 

たぶんあまりにもひどい状態だったから理由を聞かれたんだろうけど、正直期待はしてなかったから話終わってからすごく驚いた。近い人に話すことがあんなにも大きなスッキリ感をくれるなんて、知らなかった。

毎日顔を合わせる人に言えたことが、自分が一日の中で一番長くいる場所を、「好きなように苦しんでいい場所」にしてくれた

 

 

 

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(なんの関係もないただの恋しい秋田のラーメン)

 

昨日も、一昨日も、久々に料理したよ。炊き込みご飯とか、鶏肉とナスの丼とか!

せっかく秋田で積み上げてきてた自分の暮らしが、オンライン授業の期間実家にいることで崩れてく気がして、それがものすごく居心地悪かったから、、

だからなのか、最近スーパーに行くともんのすごく安心する。自分の力で息できてる感じがする。もちろん、毎晩ごはんを用意してくれる存在は本当にありがたいし贅沢なわがままだけど、マズローの段階目かの欲求みたいに、自立が欲しくて欲しくてたまらなくて苦しい。

忙しかったけど、授業の合間に急いで部屋に帰って作ってた雑な焼きそばも、明日なに食べようか考えながらイオンで食料品選んでた時間も、恋しくてたまらない

 

だから、不本意な帰郷で窮屈に感じてたけど、ひっさしぶりに「どうにかしてみよう」と思えたんだ、久々に「あれ?どうにかなるもんじゃね?」って思えた瞬間を、見逃さなかったんだ!!!

自分のキッチンじゃないけど、久々に冷蔵庫とにらめっこをして、久々にクックパッドを開いて、鶏肉3枚分も炒めて、、

楽しかった!それに、秋田では、忙しくてもわりと課題の時間を削ってでも吞気にごはん作ってたのを思い出した!笑

 

 

こんな風にね、少しずつ、久しぶりに、頑張ってみることもできたよ。少しずつ、むりかも事項を減らせてきてるよ。それにね、頑張るとき、他の人のためじゃなくて、自分のために頑張るってことを優先できるようになってきたよ。

 

 

5月は今まで経験したことのないどん底を味わって、6月はどんなふうに回復すべきかたくさん悩んだね

でももう7月になったよ。7月になろうとしてるけど、2つだけ、自分を守る方法がわかったよ。膨大な体力と心を消費しただけじゃなくて、少しは意味のある時間だったのかもって、回復スピードが遅い自分のこともゆっくり見守れそうな気がしてきたよ。

 

生きててくれてありがとう。今日も美味しいもの食べれたよ。課題ラッシュで怒涛の7月、乗り切れますように!!

 

 

おやすみ(^^)/

 

 

 

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根腐れ

久しぶり

いま住んでるところは、すごく天気がいいです。秋田はそろそろ梅雨かな。

最近は、秋田に置いてきてしまったから画材を買い直して、お絵かきばっかりしてるよ

授業もたくさん落としたけど、なんとか生きてます。

 

 

 

鬱になったよ

もう回復しつつあるけど!

 

 

まぁ、いろんな経緯があって、いろんなことが積み重なって、なった、、けど、簡単に言うとまぁ、オンライン授業のストレスが大きかった

そこについてはまだ向き合う気分ではないので、また今度。

 

なら完全に回復してから書けよ!って話だけど (笑)、ここに文字を落としておくことが心の支えになってるってことと、誰かわからないけど毎日ここを覗いて気にかけてくれてる人がいるってことを思い出したから

ここに書いたことがいつか何かと繋がって何かになるかもしれないって思えたら、苦しくても生きてる意味を見出せそうだから!

 

 

まぁたぶん今日は、まとまりもなく、感じたこと感じてることをただ書き連ねますので、気分が落ち込んじゃいそうな方は、見ない方がよいかと。です。笑

 

 
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元々そんなに心が強いタイプではなかったけど、人生初だった。落ちて落ちて死にそうになりながらも、落ちてる自分のことを客観的に見てビックリしたり引いてる自分もいた

いろんなところで説明されてるように、病気だった

普通に病気だった

心がしんどいけど、鬱は脳みその病気だから、身体が動かなくなってすべてのことにやる気が起きなくなるのも、気持ちの問題ではなくて、脳の分泌物の問題だって。

無知なりに色々調べてそうわかってはいても、しんどいもんはしんどいよね、しんどかった。

 

 

 

 

 

1月に、大事な友達が亡くなったんだ

(↓にて書いてます。いまだによく見返す、すごく大事なページ)

 

mamikan-19.hatenablog.com

 

 

 生きたくても死んでいった人たち

行きたい大学に入れなかった人たち

私の取ってる人気の先生の授業を、取りたかったけど抽選で落ちた人たち

お金が厳しくて、教育よりも社会に出ることを選んだ人たち

 

そういう実態のない物や顔も浮かばない人たちのことが頭をよぎって、気づいたら、苦しんでる自分のことが嫌で嫌でたまらなくなってた。

こんなに恵まれてるのに、頑張れないのか、、。そしてそれを無限ループ。

 

 

もちろん最初は「オンライン授業」っていう明確なストレス源があって、何が嫌で辛くて何から逃げだしたいのか、自分でちゃんとわかってた。だけど時間がたって悪化していくと、ストレス源なんていうわかりやすいものは見えなくなって、実態のないもの、自分自身に対して苦しむようになった

朝起きたら今日も生きてるって事実に絶望して、お母さんが忙しいのに作っていってくれた美味しそうなお昼ごはんは味がしなくて情けなくて死にたくなって、夜は今日も何もできなかった自分を振り返って消えたくなって、毎日毎日、自分の体重に押しつぶされちゃいそうな感覚だった

 

 

私の持ってる何かを欲しがってた他の誰かのことなんて気にせずに、「死にたい」とか「消えたい」とか、「こんな大学入らなきゃよかった~」とか、もっと適当に吐き出せてたら、こんな風にはならなかったかな?

「もっと楽観的だったらよかったのにね」って励ましてくれた親も、「神経質になりすぎちゃってますね、趣味とかやって気を紛らわせば?」って言い放ったお医者さんも

私がもっとテキトーで、サバサバしてて、周りのことが気にならない人間だったら、迷惑かけずに済んだかな?

 

でも、悩んでる今の私を肯定してくれた人もいたよ。そういう人もいたから、「もしかしていつかここから脱却できたら、今までよりももっと誰かの痛みがわかるようになって、いいこともあるかもしれない」って思える瞬間もあったよ。

 

 

 

 

 

 

今週ずっと、お父さんのパソコンで昔の写真を見まくってた。実家にいないとできないことだね。

 

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 私もう、21歳になったんだなぁ。こんなに大事にされて、毎日生きてきたんだなぁ

自転車でコケて大泣きした時も、友達にいじわるされて泣いてた時も、妹が買ってもらった私のより立派そうな勉強机を見てべそかいてた時も、第一志望の高校に入れなくて泣きながら帰った時も、好きな子が他の人と仲良くしてるの見て友達に泣きついた時も、その時の私にはいっぱいいっぱいの出来事だったんだ

苦しくて苦しくて、もう人生終了かも~とか思ってたりしたんだろうな。

でも今思えば、なんてことないしどうにかなることだったってわかる微笑ましい思い出だもんね

 

きっと今も同じだよね?

今はもういっぱいいっぱいだけど、次辛いことがあったら明日はついに自分が変な行動に出ちゃうんじゃないかって不安だけど、何年か後に、「え~21!わっか!!」って思うくらいになったら、そんなこともあったなって思えるようになってるかな?

 

 

いつかそんな風になれますように。もう少しだけ生きられますように。消えたくなっても、どうにかして誰かに助けを求められる自分であれますように。今いなくなっちゃったら出会えない人や経験できないことを、一つでも多く味わえますように。昨日まで知らなかった感情を知って、あの時死ななかった自分に感謝する時がきますように。

 

 

 

 

もう6月になったね、5月はいっぱい頑張ったね。辛いものからちゃんと逃げられて本当に偉いね。自分をちゃんと大事にできて本当に偉いね。今日まで生き続けてくれてありがとね。おかげで今日は、豚の角煮が美味しかったよ。彼氏と電話してたくさん笑えたよ。最近泣いてないよ。少しずつ、治ってきてるよ!

 

明日も無理なく過ごそうね。おやすみ。

 

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二世タレント

血の繋がりって、どんな強いパワーがあるのかな?ほんとうに、兄弟姉妹で似てるだとか、親に似るだとか、そういうことってあるのかな?

 

私はたぶん、顔は両親二人ともに似てて、二人とも背が高いから、私も高い方で、、

パッと思いつくのはそういう外見が多いかなぁ。

 

 

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少しだけわかる、今あんなにイライラして、不服そうな顔をして、相手がいなくなった瞬間聞こえるか聞こえないかわからない音量でボソボソっと文句を言う感じ。

 

嫌だけど、たぶん、私もおんなじだ。

 

 

ちょっとしたことでモヤモヤして、でもそのモヤモヤを自分で解決するのが下手で、だからコツコツ溜めちゃうことが多くて、

しかも「溜めちゃう」ではないことも多くて

 

プライドの高さゆえに、絶対に上手く100%の論理で論破したいから、その絶対的な反抗理由が頭の中で整理されるまでは、発言しないようにしてることも多い

 

普通に「テレビばっか見てないで話そうよー♡」って言えばいいのに、「一緒に暮らしてしかもご飯も作ってせっかく久々に一緒に食べれる時間できたんだからテレビ見てばっかとかおかしくない?一緒に住んでる意味なに?!」まで長ーーーーーい時間をかけて考えて、自分の正当性をガッッッチリ固めてからじゃないと、モヤモヤを伝えられない(笑)

そこまで考えても、結局私は「ごにょごにょ、、」くらいしか言えないけど(笑)

時間をかけすぎるから、最初はほんとしょうもない小さいモヤモヤだったのに、最終的にはもう恨みまくって恨みまくってしまったり、「うわ、これもあの人の癖じゃん」とかいろんなことが結びついてしまったり、、

 

 

私がこんな風なのは、血の繋がりのせいなんかじゃないんじゃないかな

 

親子だから、兄妹だから性格が似てる、ではなくて、

長い間一緒に暮らしてきたから似る部分もある、なのかもしれないなって思う

 

 

 

小さい頃、親が自分や妹弟を叱るとき、絶対に言い返す隙なんてなかった

絶対に完全に正しい怒りをぶつけてきた

今思えば「そんなのおかしい」ってわかる内容も多いけど、その時の、子供の理解力に対しては、正しすぎる論理でぶっ潰しにきてた。

 

本当のことなんてわからないけど、もしかしたら、そういう経験が今の私の「完璧な論理で言い返さなきゃ!」って感じてしまう一部をつくってるのかもしれない。

 

「◯◯ちゃんが行ってるスイミングにわたしも行きたい」って言った時、「誰かがやってるから私も、なんてこの世で一番かっこ悪い、やっちゃいけない考え方だろ」ってキレられた

もしかしたら、そういう教えが、「一人でもへっちゃら〜」とか思えてる今の私に繋がってるのかもしれない。

 

良い例も、悪い例もあるよね。

私はどっちが多いのかな

 

 

 

 

「思春期」とか「反抗期」とかいわれるけど、(もちろん、ホルモンバランスとか生物学的な面もあるけど)一緒に生活を共にした時間の変化も要因なんじゃないかって思う。

 

 

高校で、世界のことを学んで、日本は男尊女卑だとか男社会だとかいうことを学んで、いろんなことを感じて、でも家に帰ってきた瞬間、そこには変わらない環境があることに気づいて落胆する

会社で、やっとの思いで周りを説得して何かを変えることに成功したあと、家に帰ってそのことを話したら、とんでもなく楽観的な反応が返ってきて、考えのレベルの差にあきれて、口を聞きたくなくなる

そんな風かもしれないね。なんとなく。

 

 

 

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少し前まで、付き合ってる人と同棲してて、なんだかんだ1年くらい一緒に暮らしてたんだけど、

たぶんその経験がきっかけで、私の「人と暮らすこと」への価値観とか考え方がガラッと変わったし、今もすっっごく大きい心の支えになってるんだ

 

悲観的な意味じゃなくて、絶対に他人だって思う。他人として接さなきゃいけないって思う

 

「ありがとう」を忘れちゃいけないのも、お皿洗いを交代でするのも、ご飯作ってくれたらどんなに美味しかったかちゃんと伝えるのも、帰りにプリンを買ってきてくれたらお風呂あがりに一緒に半分こして食べるのも、一人でボディーソープ選んで買い物してきてくれたら一緒に嗅いでみて「いい匂い!」って笑うのも、玄関まで行って重い荷物を預かって「おつかれさま」を言うのも、おやすみと一緒に 毎日ちゃんと「今日もありがとう」を言うのも、

他人だから、絶対に絶対に必要なんだ

ロマンチックじゃなくなっちゃうかもしれないけど、全部礼儀で、大好きな人と暮らしてるから、一緒に暮らしてるその人のことが大事だから、そこにあるべき、表すべき敬意なんだ

 

 

他人というか、別の人間、かなぁ?

家族でもおんなじ

家族 = 一緒に暮らしてる人、とは限らないって思う。実際私も秋田で、大学の寮で一人暮らしして、家族とは離れて暮らしてたわけだし。

だからつまり、その逆も同じで、たまたま一緒に暮らしてるだけなんだから、家族にだって敬意はぜっったいに必要なんだよ

 

一度家を出たからこそ、自分の部屋が違う場所にあるからこそ、気付けたんだよね。今のこの環境が、「住まわせてもらってる」って気持ちを生むから、こんな風に考えられたんだよね

 

 

たぶん、数年前の私も、おんなじだ、何も変わらない

だから、私はたまたま気付けたから、だからどうにか、どうにか、って思いすぎて苦しくなってた

 

でも、「周りを変えられない自分」よりも、「自分自身の大事な価値観すら守れない自分」の方が辛いと思うから

だから、責任感で押し潰されるよりも、自分の価値観をもう少し大事にして、他人に押し付けるんじゃなくて、自分の価値は自分で大事にして、それで、自分のことは自分で認めてあげられるようにならないと。

 

 

 

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今日は長く書きすぎた。

3日も4日も思い詰めながら、書きました。笑

次はもう少ししょうもないこと書こ

 

 

 

おやすみ

 

 

 

 

 

感謝搾取

よふかし

こんばんは

 

ネコ(去年の夏)

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最近、やっと私が必死に部活をやってた意義がわかった気がする、、

 


高校のとき、部活の顧問の先生に、「気が付く人になれ」って散々言われた。

なんじゃそりゃ。よくわからなかった。

まぁでもよくわからないなりに、視野を広げられるよう気を付けた。

ボールが転がってるのを最初に見つけられるようにしたし、その時のチームの雰囲気、誰がやる気をなくしているか、誰に声をかけるべきか、まぁ色々、神経質になった。

 

高校の部活はチームメイトに恵まれて、本当に大好きだったから、その時の私のモチベーションは、「キャプテンでしんどい〇〇が少しでもやりやすくなるように、レギュラーじゃない組が最近の考えてること・感じてることを〇〇になるべく伝えるようにしよう」とか、「今このチームでは〇〇にリーダーシップを集めたいから、入りたての私はなるべく〇〇に質問したり頼るようにしよう」とか、メンバーだった

 

 

そこまでたいそうなことはできてなかったかもしれないけど、今振り返ると、私はいつも主語が他人だったんだ

軸が他人とか、他人に左右されてるとか、そういうことではなく、主語が。

 

 

 

大学生になって、かなり重い濃い内容の活動をする学生団体を運営するようになって、メンバーに「だれのためにやってるの?」って聞かれるようになった

ありがとうを欲しがりすぎだって言われた。

その時はまじで何言ってんだこいつ協調性ないな!くらいに思ってた(ごめん)けど、最近やっと、上手く変換できるようになった。

 

他人軸だったわけでも、自分優先にできるようになったわけでもなく、文脈を変えて考えられるようになった。

 

高校の部活のときだって、気を付けて頑張ってたこと全部「だれかのため」じゃなくて「自分が、チームビルディングが好きだから」だったんだ

誰にリーダーシップがいくべきか悩んでたのも、パワーバランスとか個人の最適なポジションを考えることが、私が好きだからだったんだ。

 

 

他人が主語になってしまってる時は、本当にしんどい

ついこの間までやることが多くてしんどくて悲しくなっちゃってたのも、「誰々に早く返金しなきゃいけないから早くやらなきゃ、、」「〇〇さんの仕事増やすわけにはいかないから綺麗に整理したものを提出しなきゃ、、」って考え方をしてたから。

本当は、わかりやすく整理することが好きだし、社会人の方との繋がりを自分が担当することで団体内の通気性をよくしてみたかったんだし、

本当の本当は全部自分のためだったのに、人のために詰んでる自分に酔って勝手にしんどくなってた

 

 

なるべく多くのことの主語を自分にする。

こう簡単に言ってもすごく難しい。すっごく難しいけど、自分の目的ややりたいことをなるべく頻繁に思い出すようにする。今この状況で、自分が学べていることは何なのか考える。

 

 

 

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 年末年始に帰省したとき、親にたくさん言った

「こんなに間近で人の成長見れること、きっともうない、、」

 

今日も見た。

 

 

1年生の秋にも去年の秋にも、自分である程度納得のいくチームをつくれて、かつコンテンツも質のいいものを作れたから、それで答えを見たと思ってた。なのに、また、別の形の「いいチーム」が見えそうになってきた。

 

 

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全体の進捗を気にかける責任が、少しずつ分散されていってる気がするし、それぞれがそれぞれのワクワクを感じられるように、少しずつ変わっていってる、気がする、、。

あーーもう、こういう瞬間が本当に嬉しくて、正直に、自分が少しでも影響していること、自分の足跡が確実に何かを作っていってることが、本当はもうすっごく嬉しい

 

 

私のモチベは、いいチームをつくること

自分のすごいところに気づく瞬間

経験や出来事を一般化できたとき

誰かが成長してワクワクを感じてニヤニヤしてるのを見ること!

 

 

 

少しずつでも、いろんなことを、自分のためって理解した上でできるようになりたいな(^^)

 

今日も幸せだったーー!!

 

 

 

 

 

p.s. 秋田のラーメン食べたい

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(ちなみにタイトルは早口言葉です。言えるかな)

 

 

 

 

綺麗な世界

 

「アイドルは、卒業前が最も美しい」

 

 

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よく聞く言葉だけど、本当だった。

でも、本当だったけど、まいやんは、白石麻衣は、ずっと美しかった。

 

すっとキレイ。

それがどんなにすごいことで、儚いことか

 

 

 

 

CD封入のドキュメンタリーも見た。

 


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あんなに泣くとは思ってなかった、、

なんて素敵なグループなんだろう

 

3、4年前?までは、アイドルなんて全く興味なくて(むしろ嫌いで)

恋愛禁止のくせに、恋愛のことなんてよくわかりもしないくせに、好きとか片思いとか歌って、、って思ってた(笑)

雑誌でモデルしてたりドラマに出て演技してたりしても、すべてが中途半端に見えて、この人たち何を目指してるんだろう?って、なんとなーく、好きじゃなかった。

 

 

でも、乃木坂ちゃんにこんなにズブズブにハマって、大好きになって、よくわかった。

乃木坂ちゃんたちは、お互いへの愛で溢れてるんだ

 

まいやんからお尻触られて喜ぶさく。

あやめちゃんに懐かれてご満悦なももちゃん。

「お姉ちゃんみたい」とももちゃんにくっつかれるまいやん。

休業中のきいちゃんとずっと連絡とり続けてたみなみちゃん。

くぼしに大好きと伝え続けてくれたきいちゃん。

 

 

アイドルって不思議。

アイドルしてるからこそ辛いのに、それをアイドルとして補う

オタクに「苦しくても皆さんの応援のおかげで頑張れます!」と言ってくれる

 

だけど正直、メンバーを苦しめてるのは大体いつもこちら側なわけで、

悪意の有無に関わらず、人気度合いとか評価は、いつもこちら側がくだしてるわけで、、

もちろん言うまでもなく悪意しかないアンチもいるけどさ。

 

 

前にwritingの授業でアイドルの定義を書いたけど、アイドルは「人生を魅せる」職業だと思う。

私は、みなみちゃんが反抗期を経て乃木坂を引っぱっていく立場になったことに感動するし、努力や気遣いは見せないけど苦しんでるメンバーの近くにはいつもみなみちゃんがいるっていう事実に惚れてる

アイドルなんてなるつもりなかったももちゃんが、素の自分しか見せられないからこそ、批判されると本当の自分を生で叩かれてるみたいで苦しくて いろんなことに反抗しまくってたのに、まいやんやみんなの優しさに触れて、また頑張り始めてくれて、今シングルの3期生曲であんなに綺麗な顔をしてるってことに、グッとくる

 

 

アイドルの運営も、本当に不思議。

ファンはお客様なわけで、いつだってファンが一番喜ぶことをやればいいはずなのに、そうじゃないことがよくある。

加入してすぐのメンバーをセンターに抜擢したり、ずっと選抜に定着してたメンバーをいきなりアンダーにしたりする。

そうやってわざわざ試練を用意して、一皮むけさせたり、

メンバーが手を取り合う状況を作り出して、結束を高めたりする。

 

少し教育に似た要素があるから普通に面白い。

 

 

 

 

 

 

いくちゃんがインタビューで、まいやんのことを「近いようで遠い、遠いようで近い人」って言ってた

さっきまでベタベタじゃれ合ってたかと思ったら、画面に映る白石麻衣を見て、改めて惚れ惚れする。でもそうやって見惚れてたら、隣で同じようにもりもりご飯を食べるまいやんを見て、安心する。

 

オタクだって同じで、

ブログへのコメントで「みなみちゃんならできるよ!」って励ましたり、握手会で日常の出来事を報告して笑い合ったりするのに、久々のライブでビックリするほどデカい声で煽ってるみなみちゃんを目の当たりにして、

応援して支えてるつもりだったけど、本当はみなみちゃんは自分が思ってたよりずっと先にいて、前に進んでるんだって思い知る。

 

 

 

 

乃木坂を知って、大好きになってから、「こんなに綺麗な世界があるんだ」って何度も何度も思った。

メンバーの、お互いへの大好きで溢れてる。

オタクはたぶん、ちょっとだけ、その渦に巻き込んでほしくて、その綺麗な世界を感じてみたくて、乃木坂のこともっともっと知りたくて たまらなくなる

 


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大好きだよ、みなみちゃん

大好きだよ、乃木坂ちゃんみんな

 

 

 

 

 

 

六次の隔たり

2ヵ月ぶりになってしまいました~おはよう。

私の大事な人たちや、私の大事な人たちの大事な人たちは、変わらず元気にしてるかな?

 

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ここやインスタではあんまり発信してこなかったけど、私はずっっっと反安部だということを大前提として読んでもらえたら。

ここで政治的なことは書くつもりはあまりないけどね

 

 

まず、私が重きを置いている環境(主に大学)で起きたこと。

簡単に言うと、魔女狩り

お家でおとなしくしてる人はえらくて、外で飲んでる人なんて、殺人鬼。

みんながセンシティブで、ナイーブで、辛かったし、辛そうだった。

でもそれも仕方なくて、常に100人?200人?くらいが海外の大学に留学してる環境だからこそ、みんな日本のやばさがわかるから、大事な人を守りたくて、これ以上ひどい状況になってくのが怖くて、必死だったんだ。

本当は魔女なんていないのに、

魔女狩りしてた人も、自分が魔女になるかもしれないって心のどこかでおびえて、みんながしんどかった。生きづらかった。

 

そんな状況で、まぁ色々な事情で、実家にまたしばらくいることになった。

正直怖かった。

ド田舎の大学内の学生アパートでの一人暮らしの方が、私自身の感染リスクが何倍も低い。し、家族に会って、家族に感染させちゃうのが絶対に嫌だったから。

それは、自分はもう保菌者だと思ってるから。

 

でも、実家に帰ってきて、家族をみて、生活を知って、心底ショックだった。

SNSやら、大学内のネットワークやらで、散々「甘くみるな」って言葉を目にしてたから、てっきりみんな超神経質になってるかと思ってたから。

家族すら守れない自分が嫌で、情けなくて、

毎日同じごはんを食べて同じお風呂に入る人たちにすら、どれだけ危険かどんな対策が必要か伝えられない自分を、もうぜんっぜん信頼できなくなりそうだ

 

 

 

今は、ちょっと、秋田への思いが強くて、秋田での暮らしが恋しくて、

適当な時間に起きて、「ダイエットしよ~」とか思った日は少しヘルシーめなごはんを作ってみたり、筋トレしてみたり、ちょっと歩いて近くの川まで行ったり、思いつきでお人形をお風呂に入れたり、

そういうの全部、秋田じゃなくてもできるはずだけど、「秋田ならでは」のものとして、私の記憶には残ってるんだ、なぜか。

 

 

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そう、そういえば、川にお散歩に行ったんだよ。

いつもバイトの行き来の車から見えてた川!

一人でとぼとぼ歩いて、景色を眺めたり水の流れを見たりするのが昔から好きだったし、

それは基本「ひとり」でのことのはずだった

だけど、初めて、誰かが付いてきてくれた。

 

これは本当に、最近で一番嬉しかったことだし、

もしかしたら「人生での思い出ベスト10!」を最後に考えるときに思い浮かぶかもしれない記憶だなー。

 

 

 

 

こんな状況だけど、私にできることは、私のいろんな経験と照らし合わせて考えること。

そうだ私、「家にいる」ことには慣れっこだった!

1年間宅浪してたんだった(^^;

今はなんでこんなにしんどいんだろう?

あの時はなんで、あんなに楽で楽しかったんだろう?

 

考えてみます。

 

 

 

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 あ、なんで冒頭で「私は反安部です」なんて書いたかというと、誰かを悪者にしたいわけけじゃないってことを伝えたくて。

これは天災じゃなく、完全に人災であって、

国や政府の対応の悪さがすべての元凶だってことを伝えたくて

 

外にごはん行っちゃうのは店を閉めないからだって言うけど、

お店側だって十分な補償があればホントは店閉めたいよ。

休校で子供を家に閉じ込めても大人が満員電車乗りまくってちゃ意味ないって言うけど、

安心して食べていけるだけの補償があれば休める職業は多いはずだよ。

 

何かの記事で読んだけど、国からの補償がない以上、「外を出歩いてる人たち」を100%責めることなんてできない。

外でお金を使って経済をまわしてくれている以上、

お金を使ってそのお店の「誰か」の生活を少しでも支えている以上、

完全な悪者だなんて言えない。

その通りだ

 

 

みんな、お願いだから、元気でいてください。

今まで関わりがあった人たちも、これから関わることになるかもしれない人たちも、もう一生私とは関わらないところで生きていく人も、

好きだった人も、嫌いになった人も、好きになるかもしれない人も、

みんなが何事もなく、元気でいてください

 

 

また書きます。気分転換に、乃木坂ちゃんのことでも書きます。

では。

  

 

おはよう

 

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カフェテリアでさ、食べ終わったお皿を水に突っ込む洗い場?みたいのがあってさ、そこにおばちゃんがいて、そのおばちゃんにみんな「ごちそうさまでした~」って挨拶しながら、水がいっぱい溜まったその流しに食器を入れるんだよね。

ボチャン、ボチャッ!って。

 

 

 

私はずっと、本当はずっとそれが嫌で、

 

おばちゃんに水が跳ねるのに、ほとんどの人がそんなこと気づかずにすごい勢いで投げるみたいにお皿を入れていって、

 

誰か久しぶりの人とご飯を食べても、最後にそれがあって、ほとんどの人がそうで、

「この人もか」って、そう思うだけだけど、確実に、その人との心の距離は勝手に広がったわけで。

 

 

 

本当は、そんなたいしたことじゃないのかもしれない。

気にし始めちゃったから、ナイーブになりすぎてるのかもしれない。投げ入れてるわけではないんだろうな、みんな。

 

 

 

ただたぶん、それが私の大事な価値観だった。

観察力、想像力、共感力

その三つは、ずっと頭の中で渦巻いてる。

良い時は、自分を正しい方に導いてくれるけど、

悪い時は、他人を判断したり裁いたりする。

 

 

 

モノとか、人とかを、大事にするっていうのがどういうことか、

どういうことを、大事にするってことなのか、

 

そこに関する考え方とか、感じ方とか、いわゆる価値観とかが、ずれてたのかもしれないなぁ

 

 

 

初めて、そうじゃない、

飛び跳ねる水に気づいてる人をやっと見つけたって思ったのに。

 

 

 

 

 

 

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とは言え、たぶん私も、おんなじように誰かにとっての「気がつかない人」「じゃない側の人」であって、

 

だからやっぱり、一般論での良い悪いなんて付けられないことなわけで

 

私の頭の中で、私が21年生きてきて感じたこと全ての延長に、その感じ方もあるだけで、

私にとっての「じゃない側の人」を「悪い」って言えないよね

 

 

それを薄々気づいてるのにこんなに距離をとってしまうのは、ちゃんと一般的に、悪いね。

 

 

 

 

 

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大阪で食べた人形焼き、美味しかったなぁ

また春休みにガタンゴトン行こうかな〜ひとりで