日々いろんなことを考えすぎてしまう私の、誰かに話したいけど話せない、言葉の保管場所

何も知らないし、何でも知ってる

知らぬ間に夏がやってきてしまいましたが、春の出来事の話を。

結婚しました。

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私は、私の結婚相手のことを、短く・適切に言い表すのにいつも苦戦する。

 

ひとに恋人の存在について明かす時によく付いてくる、「どんな人?」という質問。相手もものすごく興味を持って聞いているわけではないので、なるべく簡潔に/わかりやすく/面白く答えられるよう努める。

 

私、三人きょうだいの一番上なんですけど、相手は三きょうだいの一番下で。典型的な末っ子タイプです。とか。

もう、超楽観的です!私が完璧主義なので良いバランスですけど、調子狂うんですよね〜。とか。

 

タイプ分けという娯楽が流行して久しい。小馬鹿にしつつ、私もそれに乗っているのだ。末っ子タイプ、楽観主義タイプ。

帰りの電車で、毎度モヤモヤする。

たしかにあやつは、疲れてどうしてもやる気が出ない時、言葉はほとんど使わず表情だけで、私にお風呂掃除を依頼しやがる。末っ子だ。二人で初めての店に行く時、ナビ役はたいてい私。末っ子極まりない。

でも、、両親が東京に遊びに来てくれることになった時、何をしようどこを案内しようと考えすぎた結果「みんなでボウリング」という今考えればナンセンスな案で突き進みかけていた私を(ボウリングはハイセンスだけど、東京を楽しみに来る旅行客だからね)、やれやれと方向修正してくれたことがあったな。

そういえば、お風呂にさっさと入れと催促するのはいつもあっちだな。などなど。

たしかに彼が感情的に怒る姿は一度も見たことはないしそれは楽観的だからなのかもしれないけど、あっでも、食べ終わったお皿を水もかけずに置いておくとやいのやいの言ってくるじゃんね。

など。

 

 

 

人の多面性。それを認めること。

いや、もっと低い次元でよくて…

誰かのことを、ハッキリ言い表しきれないこと。

愛する、尊重する、受け入れる、みたいなことの実写化なのかもしれない。

 

 

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小さい頃、いやもっと最近まで…大学進学で実家を出るまで。私は自分の体内に言葉を溜め込み、体調をよく崩した。

正座させられて、大声で怒鳴られて、心臓がバクバクバクバクして涙が出て、拳を握りしめながら口をつぐんだ。数え切れないくらい親を呪った。○○な奴だと体内に書き記した。何種類も。

 

社会人になって、人並みに「嫌な上司」ができた。その人について先輩と一緒に悪口を言う時、その人の問題点や周囲を悩ませている点についての分析が湧き出てくる。私の愚痴を聞いてくれる相手は、目をまんまるにしながら「的確!」と言ってくれる。

様々観察して、必要以上に情報を吸収し、脳を回し、言語化してしまう。誰にも頼まれてないのに。

あー、あの人は○○すぎるな。彼は○○だろうなと思うんですよねえ。

 

 

私のこの癖は、愛とは反対の方向から来ているもので

そこから発生する、活力。言語化への渇望。

何度も通院し高価な検査も何度も受けさせてもらったあの頃の頭痛について、誰も原因を特定してくれなかった、最後まで言語化されなかったことに起因する、私の悪い癖だ。

 

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過去の全ての、終わった恋愛。本来「愛」サイドにいるはずの相手のことを勝手に解釈して、手紙にまとめ、突きつけた。何度も。

あなたは頑張り屋さんですが、その頑張りを私に共有してくれません。自分とは何者か、隠したがるきらいがあります。もっとお話ししたいのに、酷いです。 そんな風に。

酷いことして、ごめんなさい。

 

 



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この人のおかげだと思うのだ。

私の言語化脳にストップをかけられるようになったのは。

 

 

 

 

これは引退表明ではないし、言語化は愚行ですと言うための文章ではない。

自分の得意な行動や性質は、必ずしも愛する人に愛を伝えるための最適の術ではないという自戒。警鐘。

ちゃんと胸に留めておきたい。

 

 

結婚してくれてありがとう。楽しく過ごそうね。

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社会人適正

東京に来て、気づけば丸3年。

銀座は眉毛に色をのせただけの顔でもぶらつけるし、テレビでマラソンを見かけると「へ~日本橋のあたり走るんだ」とか思う。東京駅はどの改札から出ても行きたいところにはだいたいたどり着けるようになった。


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23年の3月、名古屋駅から東京駅に着いて、わけもわからず丸の内側に出た。みんな忙しそうで、歩くのが早くて、心臓がひゅってなった。キャリーケースが重いからエレベーターを探したいけど、意外にも全然見つからなかった。

水色の線、東西線に乗って、一人でキャリーケース引いて西葛西駅の不動産屋に入った。鍵受け取って、浦安まで2駅。

 

数日後に秋田での卒業式に出発した。大好きな友達たちに会えて嬉しかったけど、当時疎遠になってしまってた親友がやっぱり卒業式に来てなかったり、当時別れかけて仲直りしての頻度がバーストしてた恋人との記念写真がなんかぎこちなかったりした。

 

上京、今思えば結構かわいそうな時間だったな。頑張ったね、と思う。

頑張ったね。

 

 

 

去年、新卒の会社を退職して、2社目。

大学時代からなんとなく気づいてたけど、私はいわゆる仕事ができるほうなのだと思う。段取りが上手いし、人当たりがいいし、テキパキしてるし、先の見通しを立てるのが得意だし、論理的にも考えられるし、理解も早い。(そして驚くなかれ、一瞬でこの段落を書けてしまう見事な自信)

そしてこの自信は、自分が幸せに働くためではなく、他人に対する厳しさとして日々鋭さを増している。

 

 

「社会人」という人格は、優しくない。

自分とはスピードや視点が違う人に対する憤りを抱えながら、毎日働いている。

他人の段取りの悪さ、要領の悪さに、1日10回ぐらい白目むいたり唇をゆがめて下の歯を露出したりしてる。ため息とか舌打ちは絶対しないけど、は?と思ってることはきっと伝わってる。

こういう自分が、いつかパワハラ野郎になるなら、怒鳴るのは苦手だからため息ついて「いいよもう私がやるから」の型だろうな。なんて鮮明に思い浮かべる。

 

 

電車で、混んでるのに内側に詰めない人とか、改札の手前で立ち止まる人とか、道の真ん中でスマホで道調べてる人とか、一瞬、心が身構える。怖い。私、たぶんこの人たちに優しくできない。わざわざ誰かに愚痴ったりはしないけど、肩で一回だけ息して、なるべく早く通り過ぎる。

 

数日前に帰りの電車で、爆睡してかなり大きく横揺れしてた隣の人が、私の反対側の隣の人に大きくもたれかかってしまった瞬間ものすごい大きな音でぶたれてた。肘で、ガッて

 

 

 

この街は、加害に溢れている。心臓がずっと肌荒れしている。敏感で、他人のちょっとした機微に顔を真っ赤にして怒り、人の評価に発熱する。

日常で、加害を目撃してしまう。他の誰かにもうじきイライラをぶつけられるであろう人を、その場面を、目撃するのは怖い。痛そうで痛い。傷ついてそうで、傷つく。

 

私はこの街で、いつか子どもを産んだり、小さい子を育てる女性として生きたり、そんなことができるのだろうか?加害に晒される社会で、弱者になるのは怖い。

 

 

仕事ができることがつまり社会適正なのだとしたら、私はこんな社会に適合などしたくないし、社会人なんて辞めてしまいたい。

呑み込まれそう。呑み込まれたくない。

 

 

こころの心得

大学3年生の時に心得た、こころの折り方を紹介します。陣痛の間隔を測って病院にかけこむように、もうすぐ折れるぞ!という目安もあわせて教えます。

 

まず、こころを折るために必要なのは、「ちょっとした軽蔑」「妥協できない自分」です。

 

 

 

大学3年生になる春、コロナが感染拡大して大学の全授業がオンラインに切り替わりました。まぁここらへんの話はしつこいほど書いているのでご興味あれば2020年5月ごろの記事を覗いてみてくださいませ。

オンライン授業、大筋、まじしょうもなかった。適当な講義のあとにたいして関連のない議題でディスカッションさせられる。 "What do you think the better solution is for global warming?" (地球温暖化へのよりよい策はなんだろな?) 的な、丸投げクエスチョンの連続。

と時間が経った今でもスラスラ書けるくらいには、「こんなことしてほんと馬鹿みたい」と当時思っていて。

これが「ちょっとした軽蔑」。

 

社会人になった今の私が抱えている軽蔑は、「大人がこんなにも集まってみんなしてプライベートの時間削って働いて」とか「また金持ちのための施設つくって、すでに人が密集しすぎてる東京でまた人を集めるためのエンタメやって」とか。誰かの大事な価値観を貶してしまっている部分もあるだろうなぁごめんなさぁいとは思いつつ、到底共感できず、あぁアホらしいって悲しくなる。ごめんなさい

 

その軽蔑する馬鹿みたいなものがしんどい時、内容は馬鹿みたいなのにタスク量とか費やす時間が膨大でしんどい時、「軽蔑する」もののなかにいる自分や「軽蔑する」なのにそれに足をとられて苦しんでいる自分を見て、どうしようもない気持ちになる。

上手く言えないけど、本当に辛い。

 

 

 

 

もう一つ、「妥協できない自分」。

前回の記事で、こう書きました。

大筋どうでもいい仕事だとしてもそのなかに自分的こだわりポイントは何かしらあるわけで、エネルギーや容量不足のためにそのこだわりを諦めたり妥協したりすると、「自分の頑張りたい部分を満足に頑張れない自分」を部屋にお持ち帰りすることになる それがしんどい

 

どうでもいい仕事の中にある、どうでもよくない部分。こんなことして何になるの?とふとしょうもなく感じてしまう事業内容の中にもかろうじて存在する、私らしさを生かせる小さな業務。

やりがいや喜びを感じられるかもしれないせっかくのチャンスなのに、目の前の仕事でいっぱいいっぱい。時間と体力を消耗するだけで終了。

そういう自分のことは、妥協できない。許しがたい。残業いっぱい頑張ったねえ、偉いねぇ、ゆっくり寝てねぇ、と声をかけてあげたいのに、「何やってんだか…」で充満してしまう

 


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折れるときは一瞬です。

じわじわ、じわじわと圧力が増していっている期間は「案外折れないもんだな」なんて思ったりもしますが、ちゃんと少しずつヒビは入っていて、脆くなっているので。

ポキン、と折れたあとにスケジュール帳を見ると、あれ、となります。「たしか最初に疲れるなぁと感じた出来事があったのはこの日だけど、案外、まだ一週間しか経ってない…」となります。なりました。

 

 

 

今回は、折れる前に止まれるだろうか

折れずに耐えられるだろうか

 

できることなら、美味しいものを美味しいと感じられるうちにブレーキをかけたいものです

私自身はもういつでもブレーキをかける心の準備はできてるんだけど、そういえばいつの間にエンジンをかけられたのか、誰にどうやって走らされているのかを知らないなぁとふと気がつく

ほんとは芝生で寝っ転がってお絵描きしてたいし、ラーメンは残業終わりヘトヘトで他に作る余裕もないからと妥協で胃に流し込むんじゃなくてお気に入りのお店を見つけて仲良しと行きたいし、恋人とは仕事疲れたって話じゃなくて家族の面白話と美味しい食べ物の話と自分らがいかに最高かって話で盛り上がってたいよ〜

仕事以外の時間は毎日楽しくて幸せだから楽しい方を向いて楽しく生きたい

 

適応障害になるとさ、何食べても、好きな曲聴いても好きな人に会っても、何も感じなくなるんだよ ある日突然プツッと切れるんだよ 皆知ってる?

私は残念ながら知ってるから、プツッと切れる前のミシミシがよーく聞こえる 耳がよくなりすぎてしまった よーくよーく聞こえる

 

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「こんな貴重な経験もうないから、頑張ろう!」みたいな熱意をお尻につけられて、知らぬ間に着火させられてるんだろうけど、私たちは自分で火加減を調整する術をまだ得てないからさ

一回使い切りパックとして走り続けさせられて、9月が終わる頃には燃えカスになってダメになって部屋でしな〜っとなってる自分が見えるよ〜 使い捨てにされたくないよ〜

 

私は私のことが心底大事なのに、自分の人生をいいほうに持っていくパワーが自分にあるのか、そのために悩んだり探ったりする根気があるのか、自信がなくてとてもこわい

 

 

9月、早く終わらないかなあ

 

 

 

満員電車一人乗り

就職してからも案外頻繁に、ほとんど月一ペースで家族に会えている

そのうち、5月末・8月末・そして9月は自分の絵の(ジェンダーの)仕事で「来てください!」とお声がけいただいたことによる帰省なんだけど、今朝ふと気づいたのだが、これってだいぶ、十分、かなり、すんんんんばらしいことなのでは?

 

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仕事っていわゆる「生計を立てる」のレベルを目標(目的)にすることが大半だけど、会いたい人に会うための手段にできているというのも広い意味では「生計を立てる」なのでは?自分を生かす(make me alive的な)意味で。

(ちなみにこの「生かす」は大学時代の親友のうけうり

「舞未加は、自分で自分を生かせててすごいよ!生かすっていうのは、make alive myself 的な意味で!」って言ってくれたことがあった。なんか親友らしいまわりくどさでとても好きだった)

 

 

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ここ最近本業(本業?)のほうが残業続きで正直キツい日々が続いている

クリーニングの受取時間に帰りが間に合いそうな日がなくて悩むし、ラーメンは残業終わりのヘトヘトで他に作る余裕もないからと妥協で胃に流し込むし

でも別に忙しいのとか仕事を頑張るのが嫌いなわけではない、なぜなら大学時代とても忙しい学生団体でも大充実してたから 自分がちゃんと頑張れる子だって知ってるから

 

なんていうか、たぶん、他者からの評価のために苦しくなっているわけではなく、自分が自分を裏切りたくなくて自分で追い込んでる

「仕事は仕事だからね」と肩をポンっとしてもらうことが多いけど

大筋どうでもいい仕事だとしてもそのなかに自分的こだわりポイントは何かしらあるわけで、エネルギーや容量不足のためにそのこだわりを諦めたり妥協したりすると、「自分の頑張りたい部分を満足に頑張れない自分」を部屋にお持ち帰りすることになる それがしんどい

 


尊敬とか誇りとか、きっとそこらへんに落ちてるんだろうけど、そいつらを見つけるまではどうしても「やらされてる」感覚で、キツさは続くだろうな

 

 

まぁ、今はこれでヨシとしよう 

やりたいことは目の前に、手の中にあるし

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仕事終わりにせっせとジェンダーの講義内容まとめたりワークショップ内で使う資料のための絵を描いたり、大変だったけど、やりたいことがあって救われたな

 

信念…というほどカッコいいものではなく、譲れない固執してしまうもの、があることで、周囲を受け入れられなくて辛く苦しくなることがたくさんあるけど、ずっと捨てずに持ってたい

 

おやすみ

 

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積もった中から

こんばんは〜次のブログは何を書こうかと頭の片隅で思い続けてなんと3ヶ月経ってしまいました!社会人生活は意外と楽しくやってるんですけどね!

 

2月に開催した個展「スノードーム 対等までの距離」をようやく振り返ります

ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

 

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気づけば、21年に秋田で開催した初めての個展「アートで見る性差別社会」から1年半経っていました。今回は、あの時とは全く違う思いをしました

 


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この絵を描き始めたあたりから、「あ、展示やらなきゃ」と手を動かし始めました

世に言う「話し合い」の暴力性や非対称性、その輪郭を自分の中でようやく掴めて、展示として可視化・言語化しなきゃいけないと感じました

 

 

個展期間中、「アートについて語り合いたいんです!!!」と鼻息荒く私に話しかけてくる来場者のおっさんがいました

軽く受け流しつつ話していると、その人は私が掲載された新聞を見て来たこと、アート作品を批評している有名な先生のファンであること、がわかりました。そしてなんと、ジェンダーに関する個展だとハッキリ記載されている新聞を見て来たはずなのに「ジェンダー?なにそれアバター?」とクソおもんないボケをかまし、ギャラリーに結局小一時間居座り喋り倒して帰って行きました(帰らせるのにもだいぶ苦労した)。

他にも、偉そうに「これ知ってる?」と上野千鶴子さんの東大でのスピーチを見せてきたおっさんや、2日連続で来場して自分の昔好きだった女の話をし続けるおっさんなど

 

その人たち全員、私の作品にはほとんど目もくれなかったくせに、「語り合えたー!」と、ほくほく、満足そうに帰っていきました。

 

 

「話し合おう」などと言って持論を撒き散らし優越感に浸る人たちに辟易としてあの絵を描いた。あの絵を描いたんだから、そういう人たちの存在やそういう非対称性のことはもう知ってて、わかってるつもりだったのに、こんなことで絶対泣きたくないと思えば思うほど涙が止まらなかった。

 

 

最初の個展では、たぶん私は「話し合おう!」をやっていた

それからは周囲に「話し合おう!」をされることが増えて、「あれっ何これ、全然嬉しくない」とハッとした

 

 

マイノリティ/アライとして、マイノリティの生きづらさが少しでもマシになるように、話し合いを放棄することはできない。放棄したという事実が自己嫌悪に繋がって辛いから。

でも、自分のパワーに無自覚で「話し合い」を本当の意味で話し"合い"と呼べるものにする難しさを知ろうともしないマジョリティのケアまでしなきゃいけないなんて、そんなの知らない。聞いてない。

 

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今のまま社会が変わらない方が、男の人が敬われてケアされて地位を築きやすい社会のままの方が、ほとんどのシスヘテロ男性には好都合で、

だからいつだって弱者が「すみませんが、話を聞いてもらえませんか?」と腰を低くしてお願いしなきゃいけないし、その結果無神経で差別的な興味をぶつけられたとしても「質問ありがとうございます」と優しく、丁寧に、説明(ケア)してあげなきゃいけない

 

 

こんなの、放棄した方がいいのかなぁ?

放棄したら、幸せになれるのかなあ

 

でもそしたらきっと強者はいつまでも強者だし、弱者だけが苦しみ続ける

 

 

 

嬉しいことももちろんあった、というか嬉しいことの方がたっくさんあったんだけど、たった数回のマンスプおっさんとの対峙が何倍も強烈で、正直ものすごくすり減った展示期間でした

 

 

 

 

ちなみに個展の名前「スノードーム」は、私の秋田での経験に対する思いから着想を得ました

綺麗に見えるけど重くて寒くて辛い雪と、「活躍しているらしい若い女の話」として消費される私の活動やすぐ美談にされてしまうあらゆるマイノリティの連帯が重なりました。

秋田や秋田での生活が心から大好きでした、大好きだから、そこに積もるものは全部大事にしたかった。だからたまに混ざってた差別や攻撃もモロに受け取ってしまい、このまま雪に埋もれて一生ここから出られないのでは...みたいな恐怖を覚えた時期もありました

 

今回の来場者さんたちの中にも、自分の声の届かなさに疲れ果てたり、自分を守りながら状況を前進させる方法はないかと頭を悩ませたりしていた人がきっといらっしゃったと思います。

私の作品や、ここで見たものや交わした言葉が、時には「話し合いなんてしてらんねぇわ」と自衛するために頭の片隅に積もっていることを願います

 

 

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5日間ありがとうございました!

 

 

 

とりあえず言わずに

こんにちは。

先日、2月に名古屋で個展やるよー!と各SNSにてお知らせしました。

おめでとう!とか絶対行くね!とか、何件か嬉しい反応をもらい、でもそれが思いの外「何件か」だったので大変傲慢ながら不安になり、本当はひっそり隠れてTwitterでだけ本音を漏らすくらいが心地良いはずの私がなんでまた個展なんて大々的なものを開催して意見表明するんだろうかと不思議な気持ちになりました。

 

 

今月は個展について書きますね。

 

 

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12月、京都と大阪のおばあちゃんたちに会いに行ってました。

今までは長期休みの度に家族でばあちゃんちに遊びに連れて行ってもらえていたんだけど、秋田に進学してからはなかなかタイミングが合わず。たぶん2年ぶりくらい?それぞれのばあちゃんの顔を見て、お話して、一緒にご飯を食べられた。

今までずっと元気に働いて冗談ばっかり言ってたばあちゃんが最近少し体調を崩して落ち込んでたようで、元気づけられたらなぁと明るくしてたのに、

私のことを愛しそうに見て、目をそらして、「嬉しいなあ」と呟いてくれて、胸が張り裂けそうだった。普通に泣いてしまった。

 

 

 

8月、大学を卒業して、実家に戻ってきた。9月のブログにも書いた通りいろんなものがほどけた。

弟が部活や勉強に奔走する時間を大事そうにしてるのを見て、心底嬉しくて、私はこの子のことが心底大事だなと思った。部活の試合を観戦した帰りの車内で、両親と私と3人、よく泣いた。

 

 

 

9月に始めた児童館のアルバイト。人生で初めて、アルバイトが楽しかった。この世には、若者である自分を抑えつけたり軽んじたりする年長者ばかりじゃないんだと知った。

「実は大学でジェンダーについて学んでいたので、子どもたちのこういう言動が気になってしまいます」と上司に話せたことがあった。

友達にむやみに抱きついてしまったり距離が近すぎる子に、「相手に聞かずに勝手に身体に触るのはよくないことだよ、〇〇さんも自分の身体の大事なところは誰にでも見せなくていいんだよ」と話せたことがあった。

特に子どもたちに対しては、私の言ったことの意味が伝わっているのかなんてわからない。というかたぶんほとんど「ふーん」くらいの受け取り方しかされてないんだろうけど、それでもその「ふーん」が積み重なって「なんかこの人は信頼できるな」とか「一緒に遊んであげよ」とか思ってもらえているのは感じる。

みんな本当にかわいくて、愛しい。幸せになってほしい。幸せに暮らせる社会であってほしい。

 

 


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昔から、揉め事の種を察知したらとりあえず自分のモヤモヤはしまっておいて周りの波風を鎮めることに必死になった。

親に頭ごなしに叱られたら、泣くしかなくて、どんな風に自分の気持ちを言えばいいかわからなかった。

部活で何のためにさせられてるのかよくわからない話し合いでは、慎重に言葉を選んで話を振った相手から鋭利な言葉を投げられて、ビックリしたけど、みんなが正直な思いを話せるように「うんうん」と物分かりの良い振る舞いに徹した。

 

 

私は事あるごとに「とりあえず言わない」を選択してきたけど、とりあえず言わずに自分で抱えることにしたものたちに向き合う時が来たような。これからも大事に背負い続けたいものも、もう手放してしまいたいものも、両方。

 

 

 

 

 

 

秋田での一度目の個展は、「ジェンダー」って言葉があればたくさんの学生が興味を持ってくれたし、「秋田で頑張っている学生」ってだけである程度の人が集まってきてくれました。いや、とはいえ、めっちゃ努力して告知したけど。

 

あの時とは確実に違う二度目。

今回は、名古屋には、一緒にジェンダー論を学んだ友人も似た問題意識に囲まれて大学生活を送った学生も見当たらない。だけど、大切な人がたくさんいる。私の大切な人に同じように「大切だな」と感じてもらえる私が、形成された場所。

そういう地でやることが今の私や今の私に見えている社会には必要で重要だと思うので、名古屋でやります。

 

 

一つでも、何かを溶かしたり癒したり分かり合えたりするといいな。

ご来場、お待ちしています^_^

 

 

大城舞未加 個展『スノードーム ー「対等」までの距離ー』

会期:2023年2月15日(水)~2月19日(日)

時間:12:00~18:00(最終日のみ17:00まで)

場所:ギャラリーノイボイ〒468-0062 名古屋市天白区弥生が岡107-1(名古屋市営地下鉄「八事」駅 2番出口より徒歩3分)

その他:入場無料・投げ銭あり

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追伸

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福岡でおみくじ引いたら「はしゃぎすぎたり調子に乗りすぎたりしないよう」っていわれた!

 

 

 

消えても消えない

最近、私にとっては新しい種類の「楽しさ」を感じるようになりました。しかもアルバイト先で。

世間一般的には消極的・受動的で平凡なタイプの楽しさなのかもとは思うんだけど、私には初めましてすぎて、どんな言葉で形容すればいいかよくわからない。

 

 

今まで、例えば大学時代には、私にしかできないことや私だからこそ任せてもらえたことに対して「楽しい、、!」と感じることが多かった。そういう仕事や活動を私らしく遂行するのが、嬉しくて、気持ち良くて、楽しかった。

所属してた団体でのmtgのやり方を少し変えてみた時も、自分で一からイベントをつくった時も、もちろん初めての個展の時も、「楽しい、、!」と胸が熱くなった。達成感や自己肯定感が溢れるような、あのタイプの「楽しい、、!」は、今でも鮮明に思い出してワクワクできる。

 

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8月に大学を卒業して、実家でののんびり生活が再開し、大学時代あんなにもアルバイト嫌いだった私がなんと掛け持ちでバイトを始めた。週5で児童館と、たまーにアパレル店員。

新種の「楽しい」に出会ったのは、児童館での仕事のほう。

 

児童館は、18歳未満のすべての子どもが自由に来館して遊ぶことができる施設。私の働いている児童館では小学生(特に低学年)の利用者が多く、放課後にそのまま来館して親の迎えを待つ子が多い。

 

教育や保育について専門的に学んだ経験など全くなかった私が、縁あって、飛び込むことになり。案の定、知識も経験もない私が任せてもらえる仕事なんてたかが知れていて、おもちゃをひたすら除菌してまわったり、子どもたちとひたすら走り回ったり、鬼ごっこに付き合ったり、ケンカの仲裁をしたりする毎日。

大学時代に感じていた「楽しさ」が自分で何かを創り出すことで生まれるものだったんだとしたら、児童館での私の今の仕事には「自分で一から創り出す」なんてものはほとんどないし、保育や教育業界での常識がほとんど身についていない私からしたら「一から創り出す」の「一」が何なのかも知ったこっちゃない。やはりたかが知れている。

それでも、その「たかが知れた」内容の仕事がとても楽しくて、「楽しいな」と感じる。今の自分にやれることに、ちゃんと愛着を持ててる。なんでかな。

 

 

一つ思い当たるのは、たかが知れた内容のお仕事だとしてもなんだかんだ「私なりにやってみよう」と頑張ったり工夫したりする余地があるから、ということ。子どもたちに注意するときの口調や言葉選び、子ども一人一人との距離のとり方、他の職員さんたちへの質問の仕方や、感謝を伝えるタイミング、、。

そういう「ちょっと頑張って、工夫してみよう」と思えることって、たぶん人それぞれ違っていて。そしてその一工夫や努力が業界や職種によって超有効だったり、そうじゃなかったりする。

私は児童館での仕事において「工夫してみよう」と思えることがたくさんあって、かつ私のその頑張りや工夫が、児童館という職場では有意義なものとして評価される(されやすい)ものだったということ。

 

 

鬼ごっごで鬼になったら泣く子どもに「嫌なことや苦手なことがあるのは恥ずかしいことじゃないから、泣かなくていいよ。次からは泣くんじゃなくて、何が嫌なのかお友達や先生に言葉で教えてみてね」と伝えるんだから、そう伝える側の大人だって「嫌なことや苦手なことはきちんと言葉で伝える」をできなきゃいけない。

そういうベースがあるから、職員間で悩みや不安を共有して支え合うことができている(できてない時があっても、できるように職場として努力できる)し、「組織内の関係性や風通しを良くせねば!」と常に必死になってしまう私の謎の特性も長所として活きる。

 

と、いう風に、ペーペーの新人ながら気づいた教育や保育関係の仕事の素敵さ(および私の適性らしきもの)に感心しつつ、ふと考えました。

この素敵さは必ずしも私だけが私の個人的な感性ありきで感じるものではなく、もっと普遍的なもの(にできる/であるべき)なのでは?

もちろん運営に苦戦している施設もごまんとあるだろうし保育業界全体として抱える課題の深刻さは言うまでもないですが、今回たまたま「働きやすいな」「楽しいな」と思える職場に出会えた私の幸運は、本来はただの「たまたま」ではなく、もっと多くの人が同じように持てる可能性のある幸せ(であるべき)なのでは?

つまり、「身の丈にあった環境で我慢すべき」的な意味ではなく、それぞれが自分に合った快適な職業に就くという本当の意味での「適材適所」も夢物語ではないのでは?

 

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まぁ、私の春からの就職先は別に保育関係でも教育関係でもなければ今後そういう道を探ろうとも現段階では思っていないけど、どんな仕事をするとしても、こういう種類の「楽しさ」を少しずつ見つけていけたら十分なんじゃないかと思う。

「私にしかできないことを早く見つけなきゃ」とか「他の人たちと違うことをしたい」とずっと自分自身に圧をかけてきたけど、「私にしかできない超ユニークなこと」じゃなくても私が私の特性を活かして働ける、そしてそれを楽しいと感じられる職業があることを知れて、ようやく「唯一無二強迫」から少し解放された。

新種の「楽しい!」を見つけたここ数か月のおかげで、なんだかすごく楽になった!

 

 



 

 

来月で24歳。

 

社会や大人からそして自分自身でかけた圧や呪いをこんな風に少しずつ溶かしたりほどいたりしていけるんなら、年齢を重ねるのも悪くないのかもしれない。

というかむしろ、生きてれば生きてるだけ救われるチャンスがある無限ボーナスタイムなんだとしたら、しんどいことたくさんあるけど、それくらい、希望なのかもしれない。

 

なんてね

 

 

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おやすみ。よいお年を!