日々いろんなことを考え込みすぎてしまう大学生の、誰かに話したいけど話せない、言葉の保管場所

差し入れ

こんばんは

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大好きな鈴木絢音ちゃんの写真集が昨日発表されて、ウキウキです。また別の機会に紹介しようかな

 

 

 

 

今日も、いいことがあった!

みて、みて、みてーーーっ!!!

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スマホケースをオリジナルで作成しまして、やっと届きました〜!!ぱふぱふ

(もう興奮して超急いで撮ったので背景の散らかりなど全く気付いていません笑)

 


可愛すぎて嬉しすぎて感情が抑えきれないので、作った経緯、アートへの想いなど書こうと思います。

 

 

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私は、「自分を応援してくれる人がいること」がずっとずっと大好きでした。

大学受験の頃、大事な友達たちがいつも気にかけて連絡をくれて本当に救われた。私が好きそうなお芋のスイーツを見つけたら毎回写真を撮って教えてくれたり、たまには息抜きしようって連れ出してくれたり、私のためにみんなでカラオケで応援ソング歌って動画を送ってくれたり、いつも勉強してた図書館に突如現れてお菓子をわんさかくれたり、私のためにお参りに行って合格をお祈りしてくれたり、、

その全部の記憶が本当に大切で、今も書きながら涙が出そうになる

 

無事合格したとき、自分でも驚くくらい報告したい人がたくさんいて、お母さんに電話して、お世話になってた先生にメールして、親友に電話して、好きな人に電話して、また別の友達に電話して、LINEして、、

本当に幸せだった。私のことで泣いて喜んでくれる人がいること、「なんか勇気がでた」「私も頑張る」って言ってくれたこと、もう本当に本当に嬉しくて、

自分のことを応援してくれる人がいて、応援をもらってるのは私なのにその私の頑張りがまた相手を励ますことができるんだってことが、心の底から嬉しかった

 

 

そうやって全力で頑張って全力で応援してもらえた記憶は、本当に大切で、もうものすっごく大きな経験としてずっと残っていて

 

今でも定期的に思い出す。あの時私を合格させてくれた友達たちみんなみたいに、今の私は誰か大事な人のことを応援できてるかな?今の私にとって、私の成功や成長を心から喜んでくれる人は誰かな?その人たちのこと、ちゃんと大事にできてるかな?って。

 

 

 

今の私にも、恋人、親友、家族、いろんな大事な人がいて、もちろんその人たちのこともすごくすごく応援してて、今日も幸せに生きてくれてたらいいなぁと思う

 

だけどそれとはちょっと違う、アイドルオタクっていう初めての経験もした。

握手会でしか会えないけど本当に心から応援していて、みなみちゃんが楽しそうだと私も嬉しいし、写真集っていう夢を叶えた絢音ちゃんにものすごく勇気をもらって、なんだか私まで報われたような気持ちになった

そうやって乃木坂ちゃんを応援する人たちがいて、ファンが増えてくると大きな会場でライブができて、私たちはお金を使ってチケットを買って、グッズを買って、幸せいっぱいの時間を過ごす

そうやって、ファンからの応援を「お金」っていう目に見えるものに変えて、「応援」を摂取して生きてる人たちが、本当に羨ましくてキラキラして見える

 

 それに、応援することの楽しさ、「自分のことのように嬉しい」と思える誰かがいることの素晴らしさもわかった

好きなもののためにお金を貯めて、大好きなアイドルが写ってる雑誌とかグッズを買って活躍を目にするだけで、こんなにも満たされて幸せになれるんだ、、って、自分にとっての幸せ補給場所があることも嬉しかった。

応援は、決して一方通行じゃないってこともわかった。 

 

 

 

 

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だから、やっぱり私は、「自分を応援してくれる人がいること」がずっとずっと大好きで憧れで、

身勝手だけど、人付き合いをする理由は「何か成功した時に一緒になって喜んでくれる人たちを増やすため」。笑

 

 

自分の何かで、自分が作った何かで誰かの心を掴んでみたかった

私の作ったものを好きだと言ってくれる誰かができたら、いつかはそれで生きてみたかった

 

だから、ここも!このブログも、私の文章や考え方を好いて覗いてくれてる人がいるんだと思うと、もうワクワクしすぎる、大好きな場所。

小さい頃から得意だったお絵描きも、「画家さん」「デザイナー」みたいなわかりやすい職業を夢見たことはなかったけど、もっと単純に「私の描く絵を誰かに好きになってもらいたい」って思いを掘り下げたら、やりたいことがたくさんあった

 

 

 

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最近は暗い話題ばかり書いてたので、久しぶりにワクワクむき出しの文章を書いて盛り上がりすぎてしまいました。もうスマホケースの話をするスペースないですね笑

 


とにかく、今回作ってみたスマホケースはあくまで自分用に試作という感じなので誰かに買ってもらうことはないと思いますが、夢への第一歩!

自分の頭の中にあったものが、目の前で形になって存在している、、!

 

 

今の夢、「自分にファンができること」!

おそらくこれに関してはまだまだ書くべきことがあるので、またいつか、応援してもらえた記憶のこと、自分の創作物がお金になった経験のこと、何かのオタクであることを全肯定したい気持ちのこと、書きます(^^)

 

 

 

ではでは、また~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お知らせ①ブログと同時並行で、noteを始めようと思います。また詳しくは別で書くかも?ですが、基本的にnoteは「誰にでも見せられるものを、誰でもかんでもに見てもらう」ために、やります。内容はここ(ブログ)にすでに書いたものを、より記事っぽく!して載せるつもりです(^^)/

 

お知らせ②インスタのお絵描きアカウントも作ったよ(この寝てるクマをタップするとインスタに飛びます)

https://www.instagram.com/p/CEg1A2dF5Vz/

 

関連記事:

大好きな乃木坂46のこと、アイドルの不思議な魅力について書いてます

mamikan-19.hatenablog.com

 

最後までありがとう^_^

 

 

繋がれて、閉じ込められる

もうすぐ、夏休みがおわる、、やっぱり私はゆっくり時間を過ごせるのが心地良くて、休みだと健康でいられるんだなと痛感、、将来働けるんか?笑

 

思えば4月からの春学期、学生としての思い出になることってあんまりなかったのかもしれないなぁ。図書館前で朝まで話したり、バイト終わりに山岡家でラーメン食べたり、夜中にミーティングでバチバチに話し合いまくったり。そういう生活が本当に大切で、失いたくないものだったんだなぁ。

 

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鬱のことを書きます

 

書いてもまた再発しちゃうかもしれないし、その時は全然違う症状かもしれないけど、

辛かった私のこと、オンライン授業の実情を記しておくのはきっと大事なことだから。

 

 

私の大学は秋田県にあって、1年生は全員1年間の寮生活が義務、2年生からもほとんどの人が学内の学生宿舎で生活する

部屋は基本二人部屋、留学生だったり友達だったりと同居することになる

コロナが少しずつ広まり始めた頃はちょうど春休み中で帰省してるひとも多かったから、キャンパスは閉鎖、全授業オンライン、「秋田には戻ってくるな」が発表された。

 

わかる、きっと全部、あの時点では、全部合理的な最適の判断。都会から学生を集めるなんてできないし、共同生活なんてリスクが高すぎてできるわけない。理解できる。

 

 

予定より少し遅れて4月末にオンラインで授業が始まって、GWを挟んでまた授業再開。1か月分遅れたから、その分土曜日も授業になって、結果週6授業の課題山盛り。

 

しんどかったけど、やることの量とか忙しさとかそういうもので心がすり減ったんじゃない。オンラインの、あの閉ざされた空間と、圧迫感で潰されそうになるあの空気が、辛かった

 

元々対面授業の時からいわゆる「生徒主体」の授業だったから、プレゼンもディスカッションもしまくるし、悪く言えばたいしたことを教えてくれない教授は多かったけど、自分の考えをアウトプットする機会だらけなのは楽しくもあった。

でも、びっくりするくらい、オンライン授業になってもその形式は何も変わらなかった(変えようとした先生が少なかった)

今までとおんなじように、教科書をちょろっと読んだだけで先生が「じゃあglobalizationとは何か、話し合ってみて!」とかなり雑なお題をだしてきた

今までと違うのは、そこからZoomのブレイクアウト機能で話し合うグループに放り込まれて、そこで初めて話し合う人たちを知って、「あ、はじめまして、、」とか「今日暑いよね~」とか話す暇もなくいきなり本題に入らなきゃいけなくて、話が盛り上がらないと本当に終わるってこと。

自分が発言するとき以外はマイクオフ、誰かが意見を言ってくれても誰がそれにレスポンスするかコミュニケーションをとりきれなくて、高確率で微妙な沈黙がうまれる。自分が発言してる時も他の子のマイクオフのマークが目に入って、音を出してる自分の顔の画面だけが黄色で囲われる緊張感。なんとなく、まだ上手く言葉にはできないけど、やっぱりオンラインだとなぜか普段通りにコミュニケーションは取れない

そういうプレッシャーが、本当に本当にしんどかった

 

 

元々、2年やってる学生団体の活動ではミーティングが好きだったし、チームビルディングは私の中で大きなテーマだった。みんなが話しやすくなるような雰囲気を作ることも、スムーズに話し合えるようにファシリテーターとして仕切るのも、ワクワクすることだった。

だからオンライン授業でも、最初の頃は「この雰囲気をどうにかしよう」だとか、「もっとみんなが話しやすくするためには、とりあえず声を出して何に対してもレスポンスすることだよな」だとか考えて、どうにか自分の学びになるようにもがいてた

 

それでもやっぱりオンラインで曖昧な概念的な話し合いをすることのしんどさとプレッシャーには勝てなかった

今まで「なかなか発言してくれない子」に対して「どうにかみんなが話しやすくなるように、、」と思ってた自分が、少しずつ、言葉を発するのが苦しくなっていくのがわかった

周りの他の子に、「もうみんな発言したよ、あとはあなただけ」って思われてるのがわかったし、「話の流れ理解できてないのかな?」って心配されてるような気がした。今まで心配してた側の自分が、気を遣われる側になっていってるのがわかって、辛かった

全授業英語なのももう2年間受けてきたから慣れてるはずなのに、だんだん英語が頭に入ってこなくなって、集中力がすぐ途切れるようになって、教授が英語で言ってることもディスカッション中に誰かが日本語混ぜながら話してくれてるときも、何もかもが理解しづらくなった

 

気づいたら授業のZoomから勝手に退出して泣いてたり、近所のスーパーまで歩いて意味もなくお野菜とか卵とか買って秋田で一人で暮らせてた頃を思い出したり

気づいたら朝ベッドから出られなくなってた

ごはんも味がしなくなった

友達が面白い話をしてくれても笑えなくなった

乃木坂ちゃんがテレビに出る日でも楽しみだと思えなくなった

夜は特別苦しかった

今日も回復できなかった自分のことが許せなかったし、明日も同じように苦しいに決まってるのに生きなきゃいけないことがしんどかった

今でも思い出すのは、あの時の、自分が自分に押し潰されそうになる感覚

自分が自分自身の重さに耐えきれなくて、心臓ごとぐちゃあーって潰れていく感覚

 

あれがうつだ、辛くて辛くて自分を殺したくなっちゃう、脳みその病気

最終的には命を落とすかもしれない病気。

 

 

6月に「オンライン授業が原因で」とだけ書いたけど、私の場合はこんな風に生活が変わっていきました。

回復の仕方はすでにここで書いてあるよ 私もまだまだ途中だけど!

mamikan-19.hatenablog.com

  

 

本当に苦しくて、自分が生きてるって事実が毎日耐えられなくて、辛かった

周りの人たちがあぁしようこうしようと改善策を考えてくれるのも辛かった、辛い状況から抜け出したかったけど、抜け出すための行動をするのにも億劫になってたから。頑張っても回復できなかったらと思うと、怖かったから。

私の場合は病院に行くまでものすごく時間がかかったし、初めて診てもらった病院は最悪だった

 

 

今思えば、消えちゃえるタイミングは、何度でもあった

それでも今生きてるのは、ほんとたまたま、偶然かもしれない。

 

 

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昔小学生の頃やってしまった足首の捻挫が、雨の日は痛みがぶり返したりまたひねりやすくなったりしたみたいに、落ち込むクセみたいなのができちゃった

 

秋田に帰れることだけを楽しみに耐え抜いたのに「秋学期もキャンパス閉鎖」ってメールが来たときは、もう、あぁもう、どうしようもないんだと思った

春学期のしんどさは、「私はオンライン授業が苦手」って納得することで耐えてたから。オンラインでの授業が終われば、大丈夫だと言い聞かせてたから。居心地が悪くて苦しい時が多い実家も、そろそろ距離を置けるなら、嫌いにならずに済むと思ってたから。

突発的に、短期的にだったけど、初めて本当に命を断とうと思った。夜中に必死になって恋人と友達にメッセージを残した。送らなかったけど。

 

 

 

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あんなひどい状態になったのは、大学で私くらいかもしれない。みんななんだかんだ言って、服を着替えなくていいラクさとか、サボりやすい環境とか、オンライン授業の快適さを見つけてたのかもしれない。

だけど、精一杯冷静になって考えたとしてもやっぱり、オンラインでの授業は、前とは比べ物にならないくらい質が落ちてた

だからもしかしたら、誰かもおんなじように苦しんでたかもしれないよね

 

きっと大学側も、春学期が終わってからのアンケートとかで、少しはわかってるはず。だから明日から、どれだけ改善されてるか、、

 

 

 

残念なことにしばらくはオンライン授業が続きそうだけど、それでもたぶん私はオンライン授業が苦手なままだし、オンラインだと壊滅的にしんどいコースは履修を後回しにする。逃げることの大切さが痛いほどわかるから、命のためにも、ちゃんと逃げる。

 

 

 

周りの人たち、お願いだから、周りの沈んでるひとに「趣味で気を紛らわそう」なんて言わないで。「辛い」って話した時、その感情を無視するみたいに明るい話で笑わそうとしないで。死なないでなんて言って最後の最後にとっておいてある選択肢まで奪わないで

苦しくて消えたい人たち、周りに話を聞いてくれる人がいたとしても 誰も本当の気持ちはわかってくれてないって孤独感で潰れそうになったとしたら、ここに書いたことを読んでくれて思い出してくれたら、「他にも消えたがってた人がいたなぁ」ってぼーっと思い出してくれたら、励まされたりなんかしなくてもそれで十分です

今日消えちゃわなかったことを、少しでもよかったと思える日が来ますように

 

 

 

コロナが早く終わってくれますように。コロナがまだまだ続いたとしても、早く上手く付き合っていける社会になりますように。大学生にも、大学に行く権利が戻ってきますように。いきなり追い出された自分のお部屋に、戻れる日が来ますように

 

 

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少しだけ頑張って、それでも変わらなかったらその時は、

少しずつ、少しずつ、自分のことを信じて、必要なくなったものを捨てられるようになりたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の写真は乃木坂3期生の大園桃子ちゃんでした^_^

 

 

またねっ

 

 

 

 

 

 

グラデーション

連休もおわったね~私は夏休みだから毎日ダラダラだけど

 

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今日はひとつ前の投稿の続きで、「1個覚えると1個忘れてしまうんじゃ!」って話だよ

 

 

 

「これから出会う誰かを自分の教養の無さで知らない間に傷つけてしまわない安全」について。


人種差別関連にいきなり興味を引き付けられて、お恥ずかしながらようやく少しずつ知識を付け始めてるところだけど、勉強して新しいことを知れば知るほど、早く勉強しなかったことを後悔するし過去の自分のことが怖くて仕方なくなる。


過去のわたし、「お顔立ちがはっきりしてるよね、ハーフ?」とか、誰かに聞いてしまってないといいな。

外見だけ見て「日本語上手だね」なんて間違っても言ってないといいな。

 

小学校の時に目の色がみんなと違ってからかわれてたあの子は、毎日どんな気持ちで学校に来てたのかな、毎朝鏡の前で寝ぐせを直す時、自分の目を見てどんな気持ちになってたのかな、ムカついて仕方なかったかな、逃げ出したくて苦しかったかな、

「いじめは良くない」とか「自分がされて嫌なことは他の人にもしない」とか、そんな普通のことしか知らなかったけど、それはただの常識で、常識ってつまり当たり前のルールってことで、その理由や根拠なんて知らなくて、

だから他の子の外見を馬鹿にするクラスメイトのことを「やなやつ」とか「常識のないひどいやつ」ってラベリングすることしかできなかった。

 

もし小学生の頃の私が、世界にはいろんなルーツを持つ人たちがいるって知ってたら?海外ではずっと長い間肌の色を理由に当たり前の権利を持てない人たちがいるって聞いたことがあったら?それがどんなに苦しくて意味不明なことか理解できてたら?

もし周りにいる誰かが、それは海外の遠い話なんかじゃなくて、日本もどろっどろに差別主義者だらけの国だって教えてくれてたら?

 

そう考えると若くて無知な頃が恐ろしくなる、自分のこと許せなくて死にたくなる

けど、今度はそのことに気づいた側の人間として、誰かに教えなきゃいけないよね

 

 

 

自分のこと許せなくて死にたくなるのは、他人に対してもそうだから。

ひとつ勉強して想像できる物事の範囲がひとつ広がる度に、想像力を働かせても理解できない対象がひとつずつ増える

セクシャリティーのことを勉強し始めた頃は、「ゲイなんてありえな~い!」「あの子レズらしよ、、やばいね」とかそういうわかりやすい悪口や差別に対してだけ、呆れたし軽蔑した

軽蔑はしたけど、その悪口を言ってた子のことは大勢の「無知な人たち」の中の一人としか思わなかった。その子とも別に変らず付き合っていけたし、私自身、心に余裕があったのかなぁ 

でも今はね、もっとセンシティブになっちゃった

まだあんまり深く知らないのに「彼氏いるの~?」って聞いてくる人に出会ったときはばかやろう私に彼女がいたらどうするんだよと思ったし、「誰かを好きになることは素晴らしいことです、学生のうちに恋愛しましょう!」なんて豪語する教師のことは「教育者がアセクシャル知らないんだ、もしくは知ってても気を遣えないんだ、、」ってガックリきてその人の残りの話は全部しょうもないように聞こえた

 

少し前までは私も、知らないなら教えてあげればいいと思ってたし、「いつか勉強してもう少し気を遣えるようになるといいね、、」とひっそり心の中でお祈りして済ませてた

けどやっぱり、勉強して知れば知るほど、無知な人たちからの一言で死ぬほど苦しんでる人たちを見るわけで、許せない感情は膨らんでいく一方

そうやって、英単語を新しく1個覚えると前に覚えた1個を忘れてしまうみたいに、共感して理解できる感情が私の中で新しく増えるたびに、理解できない許せない感情が増える

 それって結構悲しくて苦しいことで、どれだけ仲良しの友達に対してでも失望する可能性があるってことで、だから誰とでもむやみやたらに深い話やちょっとセンシティブな話をするのはためらうようになっちゃった

 

 

感情はこうだけど、でもほんとは、個人を憎んだり恨んだりするべきじゃない。

個人より、もっと大きな組織とかおおもとの社会のシステムを批判する方が、何十倍も建設的で未来がある。

コロナ騒動があってから何度も言ってきたけど、自粛できない個人が悪いんじゃなくて、改善すべきは多くの人が安心して感染対策に集中できるようなシステムを作り出せない政府。

セクシャリティについて無知すぎる人たちも、元はと言えば教育の場でセクシャリティを扱う頻度や深さが足りないのが大問題。

女性軽視すぎるオヤジたちも、昔は今よりも男女格差について教えてもらえなかったんだろうな。

有名人の自殺の理由を詮索してしまう人たちもいたけど、本当はメディアが「自殺は悪じゃない、けど苦しかったらこんな手助けをしてくれる機関もあるよ」ってメッセージに焦点を当てて報道しなきゃいけなかった。

 

 

正直今の私はまだ、無知の個人に対する感情が前に出てしまうことが多いけど、もっと冷静に考えて、問題の根っこの部分を見られるようにならないと。そこが改善すべきところだって言えるようにならないと。

そしたらきっと私も、誰かに恨みを持ったり失望するのを怖がるよりも楽になれると思うから。

 

 

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そういえば!これからたまに、過去の記事を振り返りつつネタバラシを挟もうかな?かなりふわっとわかりにくくぼかしながら書いてたことも多いので&暇なので。笑

気が向いたら、たまーに、ちょくちょく、ね。

 

 

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今日の写真たちは大好きな山下美月ちゃんでした

ばいばいっ 

 

  

 

安全第一

長いながーーい春セメが!!おわっった、、!!!

えー、私、生きてるー!やったーー!本当に、あの、生かしてくれた人たち、心からありがとう

 

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あ、今日は鬱の話じゃないよ

さすがに3投稿連チャンはね(^ ^;)ご心配をおかけしました

 

今日は書きながらいろんなことに気づけたから、ブログ様様って感じだよ

 

 

 

留学申請のために色々考えてて、私が今まで必死にいろんなことを勉強してたのは結局、相手のいろんなバックグラウンドを想像して話せるようになりたかったからなのかな?と思った。

忘れもしない2018年の「魅力的な話し方ができるようになる!」って目標が、違う形でまだ続いてたのかなぁ。

 

小学校の頃はよく無駄に人に気を遣って「まみちゃん優しい!」ってしょっちゅう言われてたけど、あの時の私が知ってた「やさしさ」って言葉の意味は、気を遣ってなんでも許したりニコニコしてあげられることだったと思うけど、

今はねちょっと別の意味もある気がしてるよ。

 

 

優しさの半分は、知識

怒ってしまうのは、まだ自分の中での「知ってる感情や経験の引き出し」の数が少ないから

 

どっかで見かけた言葉と、下のはバナナマンの設楽さんの有名なやつですね

 

 

たくさん勉強して、今まで全然知らなかった事実とその内情を知ること。それがきっかけで、想像力が少しずつ付くこと。想像力がつくっていうのは、自分の頭にイメージできるものの種類とか深さが増すこと。

 

例えば中高の保健の授業で妊娠とか人間の成長過程を学んだのは、電車で妊婦さんを見かけたら、妊娠っていう出来事がたとえ自分には経験のないことだとしても、しんどさや大変さを想像できて、席に座ってもらえるように動くことができるってことで

そしてもう少しの知識と想像力があれば、目の前にいる妊婦さん以外にもどこかで一人で育児をして辛い思いをしてる誰かのことが思い浮かんで、どこかで見かけた男性の育休取得率の数字を思い出してやるせない気持ちになったりするわけで

そういう人が少し増えれば、「育休ウェルカム!」な上司のいる会社に出会える可能性も増したりして、そうやって「理解されて優しくしてもらえてよかったなぁ」と思える誰かが増えるかもしれない

もっと言えば、そういう想像力と知識量を最大限に発揮してもっと多くの人を生きやすくするのが政治だけどね。

 

 

私にとってはそれが、ものすごく大事なことだった

自分が勉強する意味を「社会に出たときのため」くらいにしか思ってなかった頃もあったし、最近は「教養あるレベル高い人たちのいる環境に身を置きたいからだ」って納得してたけど、

教養ある人たちと一緒にいたいのってきっと、向上心みたいなものもありつつ、なんだかんだそれが一番自分が心地よく生活できるからなんじゃないかなって今は思う。

 

 

中学校では周りでイザコザが本当に多くて、信じられないようなデリカシーのない行動する子を見てうわぁ、、って思いながらたくさんの友達にニコニコしておいて、ごく少数の気の合う子たちと悩みを共有したりして

初めての受験を経て高校生になって、いわゆる常識人の多さに心底ビックリして(笑)、やらしい話だけど、あ~それなりの頭の良さを持った子たちが集まってるんだなぁ受験で勉強の出来によって学校分けられるの案外悪くないじゃん、って思ったり

 

あの時感じた驚きと、「あ~ここなら余計に気を遣ったり変に傷ついたりしなくて済みそうだ」って安心感と居心地の良さは、そういうことだったんだろうな。勉強してきた人たちの中に身を置くのは、すごく安全なことなんだ。

 

そして今は自分にはレベル高すぎと思ってた大学に来たわけだけど、想定してた授業のしんどさよりも、理解力のある人の多さとか、世界中の課題について勉強して考え続ける環境で同じように頑張ってる人の存在とかが大きくて、だから私はものすごく安心なんだね

 

 

 

「なんで勉強しなあかんのーー!泣」「自分のためやろ!!」みたいな小さい頃の会話も記憶にあるような気がするけど、本当にそうだったのかもしれないなぁ

自分が安全に生きるため。

安全っていうのは、「自分が無駄に傷つくのを恐れずに安心して生きられる」って意味の安全と、「これから出会う誰かを自分の教養の無さで知らない間に傷つけてしまわない」安全。

冒頭で書いた「私は、相手のいろんなバックグラウンドを想像して話せるようになりたかったのかな?」ってのもあながち間違いじゃなかったね

 

 

 

 こんなすごいことに(わたし個人的には大発見~へへ)気づけたのはたぶん、精神的危機を経験して、自分を守る方法を探して、生きづらい実家で生きやすい環境について考え続けたから

もし逆に今超エネルギッシュだったら、勉強する理由はきっと「ワクワクするため」とか「ワクワクを見つけたらすぐに形にできるような力をつけるため」とか思ってたかもしれないよね。それももちろん間違いじゃないけど!

 

だから、すごく苦しんだけどものすごく意味のあることだったんだよね。

できればもう再来はしてほしくないけど(笑)

 

 

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私の中でずっと重く重く渦巻いてた「想像力」を、ほんの少しだけ噛み砕いて落とし込めたような気がする、

 

けどきっと、もっとシンプルなものでもあって、

 

私が最近よく思いをはせてるのは、普通によくしてもらってたけど特別仲が良かったってわけではない高校の時のひとつ年上の先輩で、

たしか看護の道に進んだあの先輩が、今どうしてるのかすごく気になるし、もし病院で働いてるなら大変じゃないかなぁとか毎日辛くて苦しくなってないかなぁとか考えたりする

たぶん連絡する勇気は私にはないし今の連絡先ももう知らないけど、それも大事な大きな想像力だよね

その先輩の存在のおかげで、いろんな病院の医療崩壊は全然他人事じゃないし、安部がふにゃふにゃした政策ばっかりなら声を大にして批判する。

シンプルで単純だけどたぶんこれが想像するってことで、想像が連鎖していけば大きい何かが変わるかもしれないよね。

 

 

 

 

私の好きな人は、親友は、昨日は寝る前に誰のことが頭に浮かんだかなぁ。ニュースを見たとき、誰かのことを思い出して心配になったりしたかなぁ。

どこかの大学での不正入試のニュースを見た誰かが、浪人してた私のことをふと思い出して、こんなことあっちゃいけないって困った顔をしてくれたりしたかな。

 

 

 

貧困から抜け出す唯一の方法が教育なら、大きすぎてよくわからない社会っていうものを変えるのも勉強して想像力を持つことかもしれないよね

 

 

また近いうちに続き書きます(^^)/

 

 

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かさぶた

自分のまもりかた

 

 

約1か月前、鬱になったぜ~って書いてしまったところですが、まだ回復の過程でもがきながらも、元気に生きてます(^^)/

どん底まで落ちたおかげで成長できた!」とか言えるまで振り切れてはいないけど、少しずつ見えてきたこともあったり、その一方で、またああなったらどうしよう、、という大きすぎる恐怖感もあったり

だからこそ、今回ほどではなくでも落ち込みやすいネガティブ性格だからこそ、どうやって回復に向かうことができたのか、何が支えだったのか、未来の自分のために残しておいてあげるのはきっといいことだと思うから。自分のまもりかたを書きます。

 

 

 

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まず、「私の最高の状態を知ってくれてる人」の存在を思い出すこと

恋人じゃなくても、仲良しの友達じゃなくても、「頑張ってる状態」だった自分を一瞬でも誰かに見られた記憶を呼び戻す。自分が今どれだけ落ちてても、何も頑張れないダメダメ人間だって思っても、「まぁ本来は才能に溢れた頑張り屋さんだもん!」って思えるかどうか。そうやって思い込みの力を借りようとした時に、自分以外に誰か証人がいてくれたら、居場所ってそういうことなのかなと思った。

 

私は、授業が苦しくなったとき、「ハードルを最低レベルまで下げて、いっちばんの低クオリティでいいんですよ」って言ってくれたカウンセラーさんがいたし、しっかり自分のパワーを出しまくってた団体の活動があったから(鬱中は何もしてないけど笑)、自分のことちゃんと甘やかしてあげられた。

授業中に全く頭が回らなくてディスカッションでほぼ発言できなかったりしても、本当はちゃんと議論できる子だってわかってくれてる人がいるって思えたら苦じゃなかった。そこで自分で自分のことを追い詰めて、無理やり頑張らせて、心はギリギリなのに場の雰囲気を変えようと頑張らせたりしちゃってたときは、終わってからのダメージが大きすぎて、自分で自分を消費して、辛かった

 

自分の最高の状態を知ってくれてる人の存在 っていうのは、

例えば、授業で先生にあてられた時しどろもどろになっちゃったとして、ものすごい被害妄想だけど、それを見たクラスの誰かが「あの子実際全然英語理解できてないよねー」って陰で笑ってたとしても、それを聞いて「お前らが知らないだけでこっちの団体内では大活躍じゃドアホ!!」って言い返してくれそうな人の存在のこと。

そこまで言い返すほど強い気持ちはないような薄い関係の人だったとしても、「えーでも、前に一緒にグループワークしたときすごい頑張ってくれてたけどなぁ~」って思ってくれる人がもしかしたらいるかもって思えたら、あつかましいけど、ぼんやりとでもそういう人の存在を思い浮かべられたら、それでもう勝ちだと思う!

 

 

と、そんなことを思ってました(^^)

 

 

 

 

 ふたつめは、物理的に一番身近にいる人に辛さを打ち明けること。

心の距離も近ければもっといいのかもしれないけど、大事なのは、「べつに親友ってわけじゃないな」「悩みを打ち明けるならこの人よりあの子の方が良いな」って思うとしても、一番身近にいて、毎日一番長く時間を共有してる人に打ち明けるってこと。

 

私の場合はお母さんでした

そりゃあ、高校の時から辛いとき何度も助けてくれた大事な親友に話す方が気が楽だったかもしれないし、鬱になってからというもの毎日連絡を取り続けてくれたあの子だけに話を聞いてもらい続ける方が、すべてを一から話す大変さはなかったかもしれない

 

けど、それでも。

 これは私の悲劇のヒロイン気質と大きく関係してるから、まったく当てはまらない人もいるかもしれない方法だけど。それでも、お母さんに話を聞いてもらえたのはものすごく大きかった

 

 

 私が今苦しすぎて死にそうな状況だってことを知ってもらえたから、調子がいい時はちゃんと素直に元気でいられた。

私はすぐ悲劇のヒロインになりたがるから、心配されたがりだから、

辛さをわかってもらえてないと、心の中の苦しさを表面に出そうと努力してしまって、苦しさを何倍にも何十倍にもして苦しいオーラを身にまとおうと無意識に努力してしまうから

いつもよりちょっと気持ちが沈んでないなって思う日がきても、だからって今日元気に振舞ったら、昨日までの辛さは気づかれないままなかったことにされて心配解除されるのかもと想像して、結局沈んだ気持ちに自ら戻ってはまっていくから

 

たぶんあまりにもひどい状態だったから理由を聞かれたんだろうけど、正直期待はしてなかったから話終わってからすごく驚いた。近い人に話すことがあんなにも大きなスッキリ感をくれるなんて、知らなかった。

毎日顔を合わせる人に言えたことが、自分が一日の中で一番長くいる場所を、「好きなように苦しんでいい場所」にしてくれた

 

 

 

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(なんの関係もないただの恋しい秋田のラーメン)

 

昨日も、一昨日も、久々に料理したよ。炊き込みご飯とか、鶏肉とナスの丼とか!

せっかく秋田で積み上げてきてた自分の暮らしが、オンライン授業の期間実家にいることで崩れてく気がして、それがものすごく居心地悪かったから、、

だからなのか、最近スーパーに行くともんのすごく安心する。自分の力で息できてる感じがする。もちろん、毎晩ごはんを用意してくれる存在は本当にありがたいし贅沢なわがままだけど、マズローの段階目かの欲求みたいに、自立が欲しくて欲しくてたまらなくて苦しい。

忙しかったけど、授業の合間に急いで部屋に帰って作ってた雑な焼きそばも、明日なに食べようか考えながらイオンで食料品選んでた時間も、恋しくてたまらない

 

だから、不本意な帰郷で窮屈に感じてたけど、ひっさしぶりに「どうにかしてみよう」と思えたんだ、久々に「あれ?どうにかなるもんじゃね?」って思えた瞬間を、見逃さなかったんだ!!!

自分のキッチンじゃないけど、久々に冷蔵庫とにらめっこをして、久々にクックパッドを開いて、鶏肉3枚分も炒めて、、

楽しかった!それに、秋田では、忙しくてもわりと課題の時間を削ってでも吞気にごはん作ってたのを思い出した!笑

 

 

こんな風にね、少しずつ、久しぶりに、頑張ってみることもできたよ。少しずつ、むりかも事項を減らせてきてるよ。それにね、頑張るとき、他の人のためじゃなくて、自分のために頑張るってことを優先できるようになってきたよ。

 

 

5月は今まで経験したことのないどん底を味わって、6月はどんなふうに回復すべきかたくさん悩んだね

でももう7月になったよ。7月になろうとしてるけど、2つだけ、自分を守る方法がわかったよ。膨大な体力と心を消費しただけじゃなくて、少しは意味のある時間だったのかもって、回復スピードが遅い自分のこともゆっくり見守れそうな気がしてきたよ。

 

生きててくれてありがとう。今日も美味しいもの食べれたよ。課題ラッシュで怒涛の7月、乗り切れますように!!

 

 

おやすみ(^^)/

 

 

 

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根腐れ

久しぶり

いま住んでるところは、すごく天気がいいです。秋田はそろそろ梅雨かな。

最近は、秋田に置いてきてしまったから画材を買い直して、お絵かきばっかりしてるよ

授業もたくさん落としたけど、なんとか生きてます。

 

 

 

鬱になったよ

もう回復しつつあるけど!

 

 

まぁ、いろんな経緯があって、いろんなことが積み重なって、なった、、けど、簡単に言うとまぁ、オンライン授業のストレスが大きかった

そこについてはまだ向き合う気分ではないので、また今度。

 

なら完全に回復してから書けよ!って話だけど (笑)、ここに文字を落としておくことが心の支えになってるってことと、誰かわからないけど毎日ここを覗いて気にかけてくれてる人がいるってことを思い出したから

ここに書いたことがいつか何かと繋がって何かになるかもしれないって思えたら、苦しくても生きてる意味を見出せそうだから!

 

 

まぁたぶん今日は、まとまりもなく、感じたこと感じてることをただ書き連ねますので、気分が落ち込んじゃいそうな方は、見ない方がよいかと。です。笑

 

 
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元々そんなに心が強いタイプではなかったけど、人生初だった。落ちて落ちて死にそうになりながらも、落ちてる自分のことを客観的に見てビックリしたり引いてる自分もいた

いろんなところで説明されてるように、病気だった

普通に病気だった

心がしんどいけど、鬱は脳みその病気だから、身体が動かなくなってすべてのことにやる気が起きなくなるのも、気持ちの問題ではなくて、脳の分泌物の問題だって。

無知なりに色々調べてそうわかってはいても、しんどいもんはしんどいよね、しんどかった。

 

 

 

 

 

1月に、大事な友達が亡くなったんだ

(↓にて書いてます。いまだによく見返す、すごく大事なページ)

 

mamikan-19.hatenablog.com

 

 

 生きたくても死んでいった人たち

行きたい大学に入れなかった人たち

私の取ってる人気の先生の授業を、取りたかったけど抽選で落ちた人たち

お金が厳しくて、教育よりも社会に出ることを選んだ人たち

 

そういう実態のない物や顔も浮かばない人たちのことが頭をよぎって、気づいたら、苦しんでる自分のことが嫌で嫌でたまらなくなってた。

こんなに恵まれてるのに、頑張れないのか、、。そしてそれを無限ループ。

 

 

もちろん最初は「オンライン授業」っていう明確なストレス源があって、何が嫌で辛くて何から逃げだしたいのか、自分でちゃんとわかってた。だけど時間がたって悪化していくと、ストレス源なんていうわかりやすいものは見えなくなって、実態のないもの、自分自身に対して苦しむようになった

朝起きたら今日も生きてるって事実に絶望して、お母さんが忙しいのに作っていってくれた美味しそうなお昼ごはんは味がしなくて情けなくて死にたくなって、夜は今日も何もできなかった自分を振り返って消えたくなって、毎日毎日、自分の体重に押しつぶされちゃいそうな感覚だった

 

 

私の持ってる何かを欲しがってた他の誰かのことなんて気にせずに、「死にたい」とか「消えたい」とか、「こんな大学入らなきゃよかった~」とか、もっと適当に吐き出せてたら、こんな風にはならなかったかな?

「もっと楽観的だったらよかったのにね」って励ましてくれた親も、「神経質になりすぎちゃってますね、趣味とかやって気を紛らわせば?」って言い放ったお医者さんも

私がもっとテキトーで、サバサバしてて、周りのことが気にならない人間だったら、迷惑かけずに済んだかな?

 

でも、悩んでる今の私を肯定してくれた人もいたよ。そういう人もいたから、「もしかしていつかここから脱却できたら、今までよりももっと誰かの痛みがわかるようになって、いいこともあるかもしれない」って思える瞬間もあったよ。

 

 

 

 

 

 

今週ずっと、お父さんのパソコンで昔の写真を見まくってた。実家にいないとできないことだね。

 

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 私もう、21歳になったんだなぁ。こんなに大事にされて、毎日生きてきたんだなぁ

自転車でコケて大泣きした時も、友達にいじわるされて泣いてた時も、妹が買ってもらった私のより立派そうな勉強机を見てべそかいてた時も、第一志望の高校に入れなくて泣きながら帰った時も、好きな子が他の人と仲良くしてるの見て友達に泣きついた時も、その時の私にはいっぱいいっぱいの出来事だったんだ

苦しくて苦しくて、もう人生終了かも~とか思ってたりしたんだろうな。

でも今思えば、なんてことないしどうにかなることだったってわかる微笑ましい思い出だもんね

 

きっと今も同じだよね?

今はもういっぱいいっぱいだけど、次辛いことがあったら明日はついに自分が変な行動に出ちゃうんじゃないかって不安だけど、何年か後に、「え~21!わっか!!」って思うくらいになったら、そんなこともあったなって思えるようになってるかな?

 

 

いつかそんな風になれますように。もう少しだけ生きられますように。消えたくなっても、どうにかして誰かに助けを求められる自分であれますように。今いなくなっちゃったら出会えない人や経験できないことを、一つでも多く味わえますように。昨日まで知らなかった感情を知って、あの時死ななかった自分に感謝する時がきますように。

 

 

 

 

もう6月になったね、5月はいっぱい頑張ったね。辛いものからちゃんと逃げられて本当に偉いね。自分をちゃんと大事にできて本当に偉いね。今日まで生き続けてくれてありがとね。おかげで今日は、豚の角煮が美味しかったよ。彼氏と電話してたくさん笑えたよ。最近泣いてないよ。少しずつ、治ってきてるよ!

 

明日も無理なく過ごそうね。おやすみ。

 

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二世タレント

血の繋がりって、どんな強いパワーがあるのかな?ほんとうに、兄弟姉妹で似てるだとか、親に似るだとか、そういうことってあるのかな?

 

私はたぶん、顔は両親二人ともに似てて、二人とも背が高いから、私も高い方で、、

パッと思いつくのはそういう外見が多いかなぁ。

 

 

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少しだけわかる、今あんなにイライラして、不服そうな顔をして、相手がいなくなった瞬間聞こえるか聞こえないかわからない音量でボソボソっと文句を言う感じ。

 

嫌だけど、たぶん、私もおんなじだ。

 

 

ちょっとしたことでモヤモヤして、でもそのモヤモヤを自分で解決するのが下手で、だからコツコツ溜めちゃうことが多くて、

しかも「溜めちゃう」ではないことも多くて

 

プライドの高さゆえに、絶対に上手く100%の論理で論破したいから、その絶対的な反抗理由が頭の中で整理されるまでは、発言しないようにしてることも多い

 

普通に「テレビばっか見てないで話そうよー♡」って言えばいいのに、「一緒に暮らしてしかもご飯も作ってせっかく久々に一緒に食べれる時間できたんだからテレビ見てばっかとかおかしくない?一緒に住んでる意味なに?!」まで長ーーーーーい時間をかけて考えて、自分の正当性をガッッッチリ固めてからじゃないと、モヤモヤを伝えられない(笑)

そこまで考えても、結局私は「ごにょごにょ、、」くらいしか言えないけど(笑)

時間をかけすぎるから、最初はほんとしょうもない小さいモヤモヤだったのに、最終的にはもう恨みまくって恨みまくってしまったり、「うわ、これもあの人の癖じゃん」とかいろんなことが結びついてしまったり、、

 

 

私がこんな風なのは、血の繋がりのせいなんかじゃないんじゃないかな

 

親子だから、兄妹だから性格が似てる、ではなくて、

長い間一緒に暮らしてきたから似る部分もある、なのかもしれないなって思う

 

 

 

小さい頃、親が自分や妹弟を叱るとき、絶対に言い返す隙なんてなかった

絶対に完全に正しい怒りをぶつけてきた

今思えば「そんなのおかしい」ってわかる内容も多いけど、その時の、子供の理解力に対しては、正しすぎる論理でぶっ潰しにきてた。

 

本当のことなんてわからないけど、もしかしたら、そういう経験が今の私の「完璧な論理で言い返さなきゃ!」って感じてしまう一部をつくってるのかもしれない。

 

「◯◯ちゃんが行ってるスイミングにわたしも行きたい」って言った時、「誰かがやってるから私も、なんてこの世で一番かっこ悪い、やっちゃいけない考え方だろ」ってキレられた

もしかしたら、そういう教えが、「一人でもへっちゃら〜」とか思えてる今の私に繋がってるのかもしれない。

 

良い例も、悪い例もあるよね。

私はどっちが多いのかな

 

 

 

 

「思春期」とか「反抗期」とかいわれるけど、(もちろん、ホルモンバランスとか生物学的な面もあるけど)一緒に生活を共にした時間の変化も要因なんじゃないかって思う。

 

 

高校で、世界のことを学んで、日本は男尊女卑だとか男社会だとかいうことを学んで、いろんなことを感じて、でも家に帰ってきた瞬間、そこには変わらない環境があることに気づいて落胆する

会社で、やっとの思いで周りを説得して何かを変えることに成功したあと、家に帰ってそのことを話したら、とんでもなく楽観的な反応が返ってきて、考えのレベルの差にあきれて、口を聞きたくなくなる

そんな風かもしれないね。なんとなく。

 

 

 

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少し前まで、付き合ってる人と同棲してて、なんだかんだ1年くらい一緒に暮らしてたんだけど、

たぶんその経験がきっかけで、私の「人と暮らすこと」への価値観とか考え方がガラッと変わったし、今もすっっごく大きい心の支えになってるんだ

 

悲観的な意味じゃなくて、絶対に他人だって思う。他人として接さなきゃいけないって思う

 

「ありがとう」を忘れちゃいけないのも、お皿洗いを交代でするのも、ご飯作ってくれたらどんなに美味しかったかちゃんと伝えるのも、帰りにプリンを買ってきてくれたらお風呂あがりに一緒に半分こして食べるのも、一人でボディーソープ選んで買い物してきてくれたら一緒に嗅いでみて「いい匂い!」って笑うのも、玄関まで行って重い荷物を預かって「おつかれさま」を言うのも、おやすみと一緒に 毎日ちゃんと「今日もありがとう」を言うのも、

他人だから、絶対に絶対に必要なんだ

ロマンチックじゃなくなっちゃうかもしれないけど、全部礼儀で、大好きな人と暮らしてるから、一緒に暮らしてるその人のことが大事だから、そこにあるべき、表すべき敬意なんだ

 

 

他人というか、別の人間、かなぁ?

家族でもおんなじ

家族 = 一緒に暮らしてる人、とは限らないって思う。実際私も秋田で、大学の寮で一人暮らしして、家族とは離れて暮らしてたわけだし。

だからつまり、その逆も同じで、たまたま一緒に暮らしてるだけなんだから、家族にだって敬意はぜっったいに必要なんだよ

 

一度家を出たからこそ、自分の部屋が違う場所にあるからこそ、気付けたんだよね。今のこの環境が、「住まわせてもらってる」って気持ちを生むから、こんな風に考えられたんだよね

 

 

たぶん、数年前の私も、おんなじだ、何も変わらない

だから、私はたまたま気付けたから、だからどうにか、どうにか、って思いすぎて苦しくなってた

 

でも、「周りを変えられない自分」よりも、「自分自身の大事な価値観すら守れない自分」の方が辛いと思うから

だから、責任感で押し潰されるよりも、自分の価値観をもう少し大事にして、他人に押し付けるんじゃなくて、自分の価値は自分で大事にして、それで、自分のことは自分で認めてあげられるようにならないと。

 

 

 

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今日は長く書きすぎた。

3日も4日も思い詰めながら、書きました。笑

次はもう少ししょうもないこと書こ

 

 

 

おやすみ